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外は雨が降り始めていた

竜也と祐里が居間に戻ったのを見て、夏未がまた再び頭を深々と下げてきた

「さっきはごめんなさい」
夏未がそう謝ると、祐里は笑って夏未の頭を撫でた
「みんなに喝を入れようとしたんでしょ? もう気にしないで」
祐里はそう言ってから、改めて逆に夏未に頭を下げた

その二人のやり取りを見ていた竜也は、光のほうを見てみた
光はいつも以上に研ぎ澄まされた表情をしていたので、竜也はちょっと心配になった

「水木、無理するなよ。誰のせいでもないんだからな。しいて言えば、このプログラムがクソってだけなんだし」
竜也がそう言うと、光は小さく頷いた

「わかってる。出発までに片づけるから安心して」
いつもと光の声のトーンが違う気がしたのは気がかりだったが、竜也もとりあえず頷いておいた
直は外の様子を見ながら、「雨か...あんま嬉しくねえな」と呟いていた

光はそれを聞いて、「3時前には上がるって天気予報には出てたけどね。どうなんだろ」
さらっとそう答える姿に、竜也は感心した。ホントあなたは何でも知ってるね

朝食の準備は終わっていたが、冷めてしまったということで温め直し済み。準備万端ですね

4人はそれぞれ食事を開始した
さっきのアレということもあり、さすがに全員口数は少ない
特に竜也は普段もあまり喋るほうではないが、今は一段と無口になっていた。一人何か物思いに耽っている感じ
何度も天を見上げ、一人で首を傾げている

その竜也に気づいた祐里が、「どうかしたの?」
訊くと、竜也は「なんでもないよ」とすぐに返してまた一人で何かを思案している

光と夏未、直もその竜也の様子に気づいたようだが本人が何でもないというのだからどうにもならなかった

やがて朝食が終わった
光は作業があると言って部屋を出て行こうとし、何かを思いついたのか小さく頷いた
「竜ちゃん、ちょっと手伝ってもらえる?」
光が呼び掛けると、予想外の申し出だったのか竜也は一瞬返事が遅れた

へ?という感じで間の抜けた表情で光を見ると、祐里が「ほら光が呼んでるよ」と笑いながら後押し

「俺?」
竜也が自分を指差して聞くと、光は小さく笑って頷いた。「お願いできる?」

断る理由もないので竜也は頷くと、光と一緒に居間を出て行った
階段を上って光が寝室へ使っていた部屋に入ると、そこにはPCとスマホが回線で繋がれている
「スマホのほうを使ってくれる? ちょっと調べたいことあるの」
光がそう言って竜也にスマホを手渡した

竜也が受け取ってスマホを起動すると、同じIphoneとは思えないホーム画面でちょっと驚いた
「どうやって使うん?」
竜也が素で聞くと、光は笑ってとあるアプリをクリックした
「それで動くわ」

竜也が画面を見ると、ようやく見慣れた画面が広がっていた
とはいえ、何をするかわからないので光の指示を待っていたが、光は自身の作業を始めていて何も言ってこない
なので竜也が「何をすればいいんだ?」と光に聞くと、光は手を止めて竜也のほうに向き直ると心配そうな表情を浮かべた

「ホントのこと言うね。竜ちゃんが心配だったから呼んだだけ。食事の時もずっと種ちゃんのこと気にしてたでしょ?」
言って、光は小さく笑った
「祐里に任せようと思ったんだけど、あの子はあの子で悲しんでると思うから。ちょっと気晴らしにね」

言うと、何やら紙の資料を手渡してきた
「それを表示されるとおりに打ち込んでほしいんだ。終わったら戻って祐里を支えてあげて。あの子寂しがってると思うから」
光はそう言うと、またPCのほうに向かいだした
竜也は言われるがまま、資料のデータをスマホに打ち込み始めた
5分もあれば終わるやろ思ったが、割と面倒で10分強を要した

「打ち終わったぞ」
竜也がそう言ってスマホを光に渡すと、「ありがと」と言って光はそれを受け取った
やがてプリンタが動き出して、何かが印刷され始めた
光はその印刷された紙を竜也に渡すと、「それ取っておいてね。昨日のメモはもう捨てていいから」
そう言うと、同じものをもう1枚印刷して自分のポケットに仕舞った

「...見ていいのか?」
竜也が言うと、光は「もちろん」と言って頷いた

それで竜也はその紙を見ると、
「午進み、兎進みて、酉開く。卍の中の道望まん」
そう書かれていた
「なんじゃこれ」
竜也が苦笑して首を傾げると、光は耳元で「廃坑。その時にわかる」
そう小さく呟くと、笑みを浮かべた目で頷いて見せた

「じゃあ戻るな」と竜也が言うと、祐里は再び笑みを浮かべて頷いた
「祐里をお願いね」
それを聞いて竜也は右手を上げて応え、居間に戻った

居間に戻ると祐里、直、夏未は会話もなく3人それぞれボーっとしているだけだった
この空気はよろしくないと竜也は感じたので(ついさっきまで一番やばかったのは俺なんだけど)、何か手を打たなきゃいけないと思った
竜也が直の横に座ってもだれも無反応だったので、そこで一計を案じた

自分のスマホからテレビに電波を飛ばし、”カラオケ”画面を起動させた
イントロが流れ出し、祐里、夏未、直はそれぞれ??という表情を浮かべる

曲が始まり、”恋人よ 今受け止めて あふれる思い あなたの両手で”
竜也がいつの間にか取り出したマイクでそう歌うと、続きを歌えと直にマイクを手渡した

「俺かよ」
直は思わず苦笑しながらも、渋々と歌い始める
やがて竜也はもう1個のマイクを取り出し、二人でデュエットをし始めた

”愛が生まれた日”
文化祭で竜也と梨華でやる予定だった曲、まあ勝手に決めてただけなんだけどを竜也と直で華麗にデュエット(この場合はデュオか)
最初は戸惑いながら聴いていた祐里と夏未も、最後のほうには笑顔で乗ってくれていたのを見て竜也はほっと一安心

歌い終えると、直が「いきなりなんだよ。ビビっただろ。Cabron.」
そう言いながら、笑って竜也の頭を小突いた

小突かれててもしたり顔の竜也を見て、祐里は「ありがとね。空気悪かったんでしょ」
そう言って、小さく笑った。夏未の目にも笑みが戻ったのが見えたので、竜也はどや顔をして胸を張った

「にしても、この曲か。あんたわざとでしょ」
祐里が言うと、竜也はドヤ顔のまま「オフコース」と答えてみせた

「この曲?」
夏未が不思議そうに聞くと、祐里が「文化祭で種ちゃんとこの曲でデュエットさせる予定だったんだよね」
言って梨華がいる部屋のほうを見た。その目には再びうっすらと涙が浮かんできていたが、祐里はすぐにそれを振り払っていた

「のか。何でこの歌のコード練習させられてたのかと思ったわ」
直は苦笑して、「絶対タネキ怒っただろうな」
しみじみと首を振ってからそう呟いた

「怒りながらさ、しょうがないわねと言って歌ってくれるのが種ちゃんだよね」
夏未が言うと、祐里は小さく笑って頷いた

「そいや光の用事終わったの?」
祐里が聞くと竜也はすぐに頷いたものの、やがて首を振った
「頼まれたのはすぐ終わったけどな。水木はまだ大変そうだったわ」

それを聞いて祐里も頷くと、竜也に「ちょっとスマホ貸して」とお願いした
ほいと竜也が渡すと祐里はそれを受け取って、あぁ、なるほど。と一人で何かを呟きつつ、電波をテレビに送信した

「光を応援してあげないと」
祐里はそう言って笑うと、曲のイントロが流れ始めた

”負けないで”

「おいおい、水木はマラソンしてないぞ」
竜也はそう言って笑った