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光が作業を終えて居間に戻ってきたのは午後3時過ぎ
そこから軽く食事を取り、いよいよ出立の時間が近づいてくる

光が言っていた通り、ヘリの音が何度も何度も通過して行っている

「そろそろお帰りの時間みたいね」
光がそう言って小さく笑った

「それじゃ打合せするよ」
光はそう言って、地図を開いて見せたがそこからは筆談だった

”廃墟には向かわないで、手前にある小さな路地から入るから
そこから廃墟入り口に繋がってるから、そこでヨシハチくんと合流。直接廃墟に向かうのは嫌なのよね”

そして、光は生徒名簿も開いてみせた
”この人がラスボスね”
そう言って指を差したのが『友利悠衣』だったので、竜也たちは驚いた表情を見せた

「意外でしょ」
光はそう言って小さく笑った。

『”The Elite”ね。厄介すぎる相手。廃墟から廃坑に繋がるところで待ち構えてるはずだから、裏をかくから
ヨシハチくんと合流してから、あえて違う道を行きます。そして廃坑からさようならよ』

”廃坑からトンネルに抜けて、そこから本州に出ます。出口には迎えの車が来る手はずを整えておいたから”

光が自信満々に頷いた。「もう大丈夫、私たちの勝ち。チェックアウトよ」

祐里と夏未はその光の様子に安堵していたが、竜也は何か嫌な予感を感じてしょうがなかった
何だろう、言葉では言えない不思議な感覚。一人首を傾げていると、直が竜也の肩をポンと叩いた

「あんま考えすぎるな。タネキに怒られるぞ」
そう言って直はニヤッと笑ったので、竜也も悪い事ばかり考えるのをやめることにした
せっかく光が苦労して建ててくれた作戦にケチをつける必要があろうか、いやないな

「...どうかした?」
竜也と直の様子に気づいた光がそう問いかけた
直がすぐ「何もないよ」と否定したのだが、祐里と夏未はそれを見てひそひそ話を始めた

まーた始まったと竜也は思い、掟破りの逆ひそひそ話を敢行することにした
直と光まで手招きで呼び、まるで内容のない会話をしながら祐里と夏未のほうをわざとらしくちらちら見る
意図を察してくれたようで、直と光もノリノリで同じように行動してくれている

内容のない会話
竜也が好きな女子アナの名前を適当に挙げて、直は好きなサッカー選手の名前を挙げ、光はお気に入りのクラシックの楽曲を挙げただけ
それをさも勿体ぶっって、祐里と夏未のほうを見ながら話すだけ
夏未は竜也のほうを見てちらっと笑ったので、勘づいているのは明白だったが祐里は明らかにイライラしているのが手に取るように見えた

”あ、これやりすぎたかな”と竜也が思ったと同時に、祐里は完全に不貞腐れた様子で一人荷物をまとめ始めた
夏未が声をかけてもガン無視で、今にも飛び出していきそうな雰囲気まで漂わせていた
光が苦笑して「竜ちゃん。何とかしなさい」と小声で言ったので竜也も苦笑いをして頷いた

竜也が祐里の傍に寄ると、「...何?」と近づくなオーラ満開を出してきたのでちょっと戸惑ってしまった
ちらっと夏未に助けを求めるサインを出したが、夏未は笑みを浮かべて首を振ってそれを拒絶した

ったく、しゃあねえなぁ...竜也は内心また苦笑い
そっちから仕掛けてきたのに、やり返すとこれだから。それを言ったところで逆切れされるだけだから言わないけれどさ

そこで竜也は自分のかばんを漁ると、そこから黒のキャップを取り出した
最大まで開いてるのに、乗せる程度にしか被れないので普段は使っていなかったそれを被ってみせた
祐里は一瞬それを見て、「だから?」と冷たい反応しか示さなかったが

「実はさ」
竜也はしみじみと語り始めた
「これさ、今年タネキに誕生日に貰ったやつなんよね。俺頭でかすぎるからちょっとしか入らなくて、被ることほとんどなかったんだけどさ」
それを聞いて祐里は目を丸くした
「マジ?」
祐里に対して、竜也は小さく頷いた。

「前タネキと出かけたときには被ってたんだけどな。”全然入ってないじゃん”って言って笑ってたわ」
「そっかぁ...」

ようやく祐里からとげとげしい感じが消えてきたので、竜也は内心安堵した
黙って様子を伺っていた光たちは、竜也のほうを見て小さく笑って頷いていた

「ところで...」
祐里がニコッと笑って竜也を見た。なぜかわからないが、竜也はその笑みに恐怖を覚えた

「私に内緒で、種ちゃんと二人で出かけてたの?」
祐里は目線で圧力をかけてきたので竜也はさっと視線を逸らしたが、すぐにいやいやと手を振った

「...お前にあげたネックレスの相談だよ。その時の話。言わせんな」
竜也はキャップで視線を完全に隠してから、ちょっと照れ臭そうに言った
それを受けて、祐里はあぁと納得してこちらも照れ臭そうな表情を浮かべた
「そいえば言ってたね。種ちゃんに相談したって」
祐里が言うと、竜也は笑みを浮かべて頷いた

「こないだの模試の帰りなんだけどな。どっかの誰かさん受けなかっただろ」
竜也は含み笑いをした

竜也と梨華は3科目、光と夏未は5科目受講。直は部活で受けず、祐里は「めんどくさい」の一言でパスした模試の帰り
ちょうど昼だから、何か食べて帰ろうといくことになってラッピへ向かった時の話
「祐里も呼ぶ?」と梨華が言ったが、竜也はどうせまだ寝てるだろと言って2人で食事
事実その日の午後2時過ぎに、おはようとLINEが来て竜也と梨華は笑ったのだが

「俺とタネキで3つくらいに候補絞って、水木にもLINEで聞いて。それで決めたんだよ」
言って、竜也は目線を隠したまま小さく笑った
「まあ俺の意見は採用されてねーけどな」


「お話のところ悪いけど」
光がちょっと真剣な表情を見せてそう言った
「そろそろ行く時間よ。準備できてる?」

そう言われ、竜也は時計を見るといつの間にか16時20分。確かにもう出なければダメな時間であった


16時25分、出発のとき

「...種ちゃん、行ってくるね」
祐里がそう言うと、6人はそれぞれ黙祷を捧げた

竜也は変わらずキャップを被ったままだったが、祐里がちょっと貸してと言ったので渡すと祐里はそのまま被ってみせた
「うわぁ、ぶかぶかー」
そう言ってみんなに見せ、それぞれ笑った
キャップを竜也に戻してから、祐里はあははと笑った
ちょうどいいわ、これ。頭の傷隠しになるし

道中、物音はほとんどしなかった
5人もさすがに疲れから口数はほとんどなくなったので、静かに歩を進めるだけ
一応まだ”敵”がいる可能性は高いので、警戒は怠らなかったが

「...あんた、実はそのキャップずっと被りたかったんでしょ?」
祐里が不意に聞くと、竜也は即座に頷いた
夏未が「似合ってるよ」と微笑みかけると、竜也はキャップのつばに手をかけながら小さく頭を下げた

逆に不気味になるほど、周囲は静かだった

「おかしいわね。まさか...もう?」
光は小さく呟き一人首を傾げていたが、もう”入り口”は目前に迫っていた

何事もなくたどり着いてしまってちょっと拍子抜けしたが、本番はこれから
4人の緊張が伝わってきたので、竜也は空気を読むのをやめようと思った

「武者震いがするのう」
竜也がいきなりぶちかますと、さすがの光も思わず小さく吹き出した
直は呆れたように笑い、夏未もくすくすと笑みを浮かべた
しかし祐里の反応は違った
竜也の耳元で、「無理しなくていいから。けどあんたらしくていいと思うよ」
そう呟き、ちらっと笑った


”入り口”から入り、2分ほど歩くとすぐに廃墟と繋がる道へ出た
そのすぐ傍に扉が2つあり、左が廃墟への通り道。そして右が一般道と廃墟への通り道とのことだった

「じゃあ右を開けば、ヨシハチがいる可能性が高いんだよな?」
竜也が言うと光は小さく頷いたので、すぐに開こうとすると突然激しい銃声が外で鳴り響いた
乾いたタイプライターのような、ぱららららという音も聞こえ、「ヴァー」という叫び声も聞こえてきた

「ヨシハチがいるっぽいぞ」
竜也がそう言って扉を開けようとすると、光がすぐにそれを制した
「ダメよ。危険すぎるわ」
光がそう言うと、直と夏未もすぐに頷いて同意を示した

「おい、何でだよ」
声を荒げてドアを開けようとした竜也の目の前に、祐里が両手を広げて立ちはだかった

「お願い、諦めて。先へ進も?」
祐里が懇願したが、それは竜也の耳には届かない

「なら先に行ってくれ。後からすぐ行く」
祐里の制止も振り切り、竜也が扉を開こうとするのを直が後ろから抱き止め、夏未は前からしがみついて止めた

「竜くん、お願い。ここは退いて」
夏未も必死に止め、直も「兄さん、ここは意地張るとこじゃねーわ」と首を振りながら止める

そこで、それまで激しく響いていた銃声が急に止んだ
2人にしがみつかれながらも、それでも扉を開けようとする竜也に光は首を振ってから小さく頭を下げた

「ごめんなさい。見殺しになっちゃうのが許せないんだよね」
そう言って、光は改めて4人をすべて見渡してからもう一度頭を下げた
「わかったわ。私がヨシハチくんと合流してくる。それでいいよね?」

唐突な光の申し出に4人は一斉に戸惑いの表情を浮かべた。違う違う、そうじゃないと
「悪りぃ、ちょっと離してくれ」
竜也がそう言ったので、夏未と直は竜也から離れた
今度は竜也が光を止める番になってしまった

「水木さ、それは違うって。お前がいなきゃ俺らは全滅だから。俺がちょっと見てくるだけで済むんだからさ、それでいいじゃん」
竜也がそう言うと、祐里がすぐにその言葉を制した

「...そんなこと言って、絶対見てくるだけじゃ済まさないくせに...」
祐里が強い口調でそう言った

その時、一瞬の間があった

竜也は見せたことのない素早い動きで、扉を開けて外に飛び出した
「え...ちょ、竜...」
祐里が戸惑う暇もなく、扉はあっという間に閉じてしまった

そして竜也の視界に映ったのは、血まみれで苦しんでいるヨシハチこと吉田八郎と、目の前に広がる夥しい数の兵士の死体だった