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廃墟と呼ぶのに相応しく、素晴らしい悪路が続いている

どこで”友利悠衣”が待ち構えているかを警戒しつつ、光を先頭、直を最後尾にしての移動
時折足が痛そうにする夏未を竜也と祐里がフォローしていた

「竜、おぶってあげなよ」
祐里がそう言ったが、夏未は笑顔で首を振ってそれを制した
「大丈夫だからね。それより何があるかわからないんだから、手を塞ぐのはよくないよ」

強いなあと竜也は内心感心しつつ、今こうして5人で逃げていられることに感謝していた
何度も”暴走”しているのに、それでも受け入れてくれる仲間
いくら感謝しても感謝しきれない気持ちがあった。マジで函館帰ったら何でもします、はい

とはいえ、祐里は明らかに距離を取っているように感じた
いつもとはどこか違う、よそ行きの雰囲気。まあ、アレだけやらかしたらさすがに愛想も尽きるか。。。
竜也はそう思いつつ、心の中で首を振った
無事函館に帰っても、どうやら失恋レストランからスタートしそうですね...

祐里がそばにいない日常...考えるだけでゾッとした
今までずっと一緒に居るのが当たり前だった相手が、目の前にいるのにもう口すら聞いてくれなくなる
あれ、もしかしてこれって死ぬより辛いのでは??
考えれば考えるほど寒気がしていた
とはいえ、すべて自業自得としかいえないのだが...

考えれば考えるほどドツボに入って行き、徐々に竜也の歩くスピードが遅くなってきた
普段は人一倍歩くのが早く、祐里や梨華に怒られている状態なのにも関わらずだ
最後尾を歩いている直がそれに気づき、「どうした。調子悪いのか?」
ちょっと心配そうに聞く直に対し、竜也は即座に首を振ってそれを否定した

まさか一人で悩んでドツボに嵌っているなんて言えないので、気を取り直すしかないのだが
基本的にメンタルが弱い竜也にはなかなかそれが出来ない
梨華がいればすぐにそれに気づき、仲を取り直してくれてた可能性が高いのだが、もう彼女はいない
やっぱ辛ぇーわ。タネキ、助けてくれよ
竜也は内心そう呟きつつ首を振った

しかしどうやら、気まずい空気を感じていたのは竜也だけではなかった
当の本人、祐里もどう接していいかわからず内心悩んでいた
戻って来たのは嬉しい半面、何度も何度も竜也が”暴走”をするのには許せない気持ちもあった
いや、自分たちのためを思っての行動というのは重々承知しているのだけれども
”次やったら許さないから”、それをこの3日間で3回目。さすがにもう...ね

ならば、竜也が傍にいない日常はと考えると、これも想像がつかなかった
いや、どっかの誰かさんと違ってモテるからそっちの心配はないのだが...
どうしよ、これ。種ちゃんがいたら助け舟出してくれてたのかな...?

偶然というか、必然というべきか。期せずして二人は梨華に内心で救いを求めていた
そう、まさにDestino.

歩いているうちにちょっとした袋小路に出た
どっちに向かうか悩んだ光が、「ちょっと待ってて」といってスマホを開き始めた
立ち止まった竜也と祐里は、偶然に目線があってお互いにすぐ逸らす
それに夏未が気づいたようで、不敵に笑んだ

「そっかぁ。祐里は竜くんのこと嫌いになっちゃったんだって。よかったね直くん」
そう言って、夏未は直のほうを見て目配せした
直は一瞬ん?という表情を浮かべたが、やがて状況を察したようですぐに小さく笑ってから頷いた

「杉浦、残念だったな。まあ進藤は俺が幸せにするから安心してくれ」
言って、直は夏未と顔を見合わせてお互いに笑った
スマホを何事かと操作しながら、聞いていた光は思わずふふふと笑い声をあげていた

終始無言で聞いていた竜也だったが、やがて項垂れてからぼそっと呟いた
「...なあ銃弾をくれ。自殺したい気分だ」
竜也はそう言って、ポケットから銃を取り出した
こめかみに当てて引き金を引いてみせたが、タマ切れでカチッカチッという音が鳴り響くだけ

それを見て直と夏未は思わず苦笑いを浮かべたのだが、祐里は違った
きっとした表情に変わって、竜也から銃を取り上げるといきなり頬を1回張った

「...バカなことしないで。あんたに振り回されるのはもう嫌なの...」
言うと同時に、祐里はその場にへたり込んでしまった
戸惑う竜也に対して、夏未と直は竜也を見てから、右手で”どうぞ”と合図を送っている

”ちゃんと心から謝りなよ”
光はスマホから目を離して、竜也の耳元でそう囁いた
言うとすぐ光はまたスマホに視線を向けている

ホント、迷惑しかかけてないね俺は。竜也は内心自嘲していた
夏未と直はきっかけをくれたのだろう。なのにまた俺はポカをしてしまったというやつね
あーポカしたー!

竜也はへたり込んだ祐里の正面に座ると、祐里の肩に両手をかけた
拒絶反応はなく、祐里が顔を上げてくれたので竜也は正面からしっかりと見据えた

「何と言えばいいんだろうな。お前にいいところ見せようとして強がりばかり、空回りばかり。
ホント俺はバカな生き物だよ。大事な人を失うまで気づかないんだからさ」

言って、しみじみと首を振った。祐里の反応はなかったので、竜也はしばし待ってそして続けた
「”Don’t wanna hurt you anymore tell me the meaning of your happiness.”
今までありがとう、そして迷惑ばかりかけてすまなかった」

竜也がそう言うと、光と夏未は”えっ?”という表情を浮かべた
だってそれ、別れの言葉だよ、と...

直はすぐに「お前、それでいいのか?」と問いかけたが、竜也は黙って頷くだけだった
思わず直が竜也を殴ろうと思った瞬間、祐里は再び竜也の頬を張っていた

さっきは右、今度は左。次に真ん中で1点ですね。強烈ですよ、これこそ殺人ビンタ
口の中切れたかも知れんわ...

「カッコつけんな、バーカ」
そう言った祐里の目は笑っていた
いつもの進藤祐里そのものの表情で、今度は逆に竜也をしっかりと見据えた

「言葉だけ取り繕ってもダメだからね。あんたとの記憶はずっと此処にあるんだから」
祐里はそう言って、自分の胸を指差した
そして、祐里は改めて光と夏未、そして直のほうを見てから頭を下げた

「ごめんなさい。痴話喧嘩でお騒がせしました」
そう言ってから、祐里はあははと笑った

状況が呑み込めずに竜也は呆然としていたが、直はすぐ「よかったな」と言って肩をポンと叩いた
夏未はなぜか悔しそうに「おめでとう」と言ってちらっと笑った
それでもまだきょとんとしている竜也に対して、光が「早く夢から醒めなよ」と言って微笑んだ

たぶんこの時の竜也の目には、わかりやすく?マークが浮かんでいたに違いない
とりあえず”殺人ビンタ”されたのは間違いないのだが
”どうしておめでとうなんだい? 僕は殴られたんだよ”

「ほら竜、さっさと行くよ。光、どっちの方向?」
祐里がそう促すと、光は「左ね。階段が続く方に行くわよ」と答えた

それで4人はすぐにそちらへ向かおうとするが、竜也は相変わらず呆けたまま
そんな竜也を見かねて、祐里が「詳しい話は後で。今は帰るのが先でしょ?」と言ってニコッと笑った

そうだったな、と竜也はようやく頷いた
こんなとこで悩んでる場合じゃなかった。ま・ず・は、函館に帰るのが先決だった。そうだな、振られるのはその後にしよう
結局振られるのか。マジ辛ぇーわ

「そうそう、廃墟抜けたら首輪外すからね。もう問題ないんだけど、一応ね」
光はそう言って笑った

再び光を先頭に5人は階段を上り始めた
そして3階あたりにたどり着いたが、まだまだ上に行くよと光が促したので登り始めたときの矢先だった

「痛ぇっ」
最後尾を進んでいた直がいきなり悶え苦しんでいた
4人が振り返ると、そこには...
倒れこんでいる直と、右手に嵌めた鉄製の凶器で襲い掛かっている豊田愛季の姿が目に映った
何度も何度も直の足に凶器で殴りかかっていて、もう足は血まみれになっている

戻ろうとする竜也たちに対し、「行け! 俺に構うな!」
直は必死の形相でそう叫んだ
一瞬の逡巡の後、光は「ごめん、直ちゃん」と小さく呟いた後すぐに前を向いた
「...行くわよ」

異常なまでに低く冷静な声で光はそう言った
さっきまでの竜也なら助けに向かっただろうが...唇を噛んで目を閉じてから祐里と夏未と一緒に階段を上り始めた
「...酒樹、すまん」
階段を上りながらそう呟く竜也の目には涙が浮かんでいた


「...酒樹くん、私を殺してー」
そう言いながら、豊田は直の足を殴り続けていた
激痛に顔を歪めながら直が豊田の顔を見ると、頭には何か拘束具のようなものが取り付けられていた

「...そういうことか。お前はそれで操作されてるんだな」
直がそう言うと、豊田は笑顔のまま目に涙を浮かべて頷いた

「これ外せば爆発するって言ってたよー」
豊田はそう言いながら、再び直を殴り始めた

ちっ、どうやら俺はここまでみたいだな
直はそう思った。完全に足が潰されたし、もうどうにもなんねえ
豊田をこのまま放置すれば、あいつらを追いかけるのは明白
となれば、答えは一つしかない

「...豊田、一緒に死ぬか」
殴られすぎて薄れゆく意識の中、直は豊田にそう語りかけた
それを聞いて、豊田の攻撃が一瞬止まった
「殺してくーださい」

豊田は笑って頭を差し出してきた
力がほとんど入らなくなっていた直だったが、その拘束具を外すのは容易いように見えた

なるほど。これで終わりってことね

直は目を閉じた
...杉浦、進藤をもう泣かせるんじゃねえぞ

直は豊田から拘束具を外した
凄まじい爆音と共に爆発が起きて酒樹直と、豊田愛季の命運は尽きた