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「捕手、千原宗隆」

3イニング制の紅白戦が終わり、部室では“甲子園”出場メンバーの発表が始まっている
呼ばれた千原は「1」をわざとらしく取ろうとして、浩臣のほうを見てニヤリと笑うと「2」のゼッケンを獲得している

渡島式というか、西陵式
守備位置で背番号を割り振りするわけではなく、レギュラーがそれぞれ好きな数字を選ぶ

投手から発表するのが筋なのだが、まずは主将からということなのだろうか
粋な計らいで渡島はまず千原を指名し、次は投手という感じなのだろう

「投手。まずは伊藤浩臣」
最初に“エース”として浩臣が指名される
順当に『1』を取るかと思われたが、浩臣は渡島の正面に立つと一度小さく頭を下げている

「決勝戦のあの態度。俺は1番には相応しくないと思うので、辞退させてもらいます」
言って、浩臣は『17』を選んでいる。18は右内お気に入りの番号ということで、そこまで配慮したということなのだろう

久友が遠慮がちに1を取り、続く右内が18
高井と須磨はまだ呼ばれず、次に呼ばれたのは樋口だった

「予選でイマイチ貢献できなかったし、初心に帰る感じで俺は10にします」
樋口はホワストの3ではなく、あえて10をチョイスしている
こんな感じで各自思い思いに選べるのが、いい意味でも悪い意味でも西陵の伝統

「セカンド。杉浦竜也」
つこっで、ようやく竜也が呼ばれる
竜也の憧れの選手の背番号3が奇しくも開いている状況
祐里はきっと3を選ぶんだろうなと感じていたが、竜也は何事もなかったように『6』をチョイス

「俺が最初に貰った背番号だしね。誰かさんの大好きな数字だし、俺も何だかんだ6に縁があるから」
祐里がさりげなく聞いた時に対する竜也の返答がこれ
誕生日を足せば6になるし、スマホの末尾も偶然6
祐里の誕生日も6月。好きな数字は6と常に公言しているからの揶揄

岡田が5、草薙はみんな嫌いでしょという空気を察したのかさり気なく4を獲得
和屋がラッキーセブンや! と叫んで選んだのは9。続く万田がおこぼれ頂戴で7を選んだ後、安理はごく自然に12を選択している

「僕は12が好きなんだよ。8だと打率0だったけど、甲子園じゃそうはいかないから」
誰にも聞かれていないのに安理は一人そう呟いているが、その間にも続々メンバーは発表されている

1塁コーチとして欠かせない御部が8。外野のレギュラーを狙う大杉が14、三塁コーチと外野の“二刀流”天満が20で、主に伝令を務める那間が16
決勝戦で起死回生のヒットを放った、模範的部員の冬井が13、控え捕手としてチームを支える近藤が19をチョイス

ケガで離脱中の賢人を除く、南北海道大会を戦った17人がまずは順当に選ばれる
残り3名となって、まだ呼ばれていない部員達の間に重い空気が流れ始めている

「続いて高井孝之、須磨瀬紘」
先程の紅白戦で持ち味を発揮して“間に合った”のを多分にアピールした2人が呼ばれた
二人は誇らしげに胸を張ると、それぞれ孝之が11、須磨が15を獲得している

残す枠はあと1。そしてなぜか背番号3が開いている状況

祐里が「あと一人。誰だと思う?」とこっそり竜也に訊くと、竜也はニヤリと笑みを浮かべるがあえてそれに答えないで置いた

そして間もなく、最後の1名が渡島から発表される

「最後は貴崎竜路。これで20名決定だ」

選出に漏れた選手たちが悲嘆にくれる中、呼ばれた竜路は目を丸くして驚いている
奈乃香が気を利かしてゼッケン『3』を持って来ると、さらに戸惑いの表情が深まっている

「いや、一桁とか重すぎますし。しかも俺ファースト守れないですよ?」
竜路がそう申し出るが、渡島は黙って首を振っている

「その番号に恥じない仕事をすればいい。そもそも背番号とポジションが関係ないのはキミも知っているだろ」

それはそうなんですけど、と選ばれた喜びより戸惑いのほうが大きい様子の竜路に対し、一人の部員がそっと声をかけている

「なら僕の番号と代えてあげようか」
竜路が振り向くと、そこにいたのは「4」を持った京介だったので竜路は苦笑してそれを辞退している。同じ一桁じゃないですか、と

しばし後、竜路は一年部員から祝福攻めにあっていた
他の2年3年部員を差し置いての「快挙」なのだから、まあ当然という状況なのだが
普段常に怒っている成田も、この時は素直におめでとうと声をかけている

「リュウロか。ちょっと意外だったね」
祐里が竜也にそう声をかけると、竜也は不思議そうに祐里のほうをまじまじと見ている

「順当でしょ。賢人いればわからなかったけどさ」
自分が密かに『推薦』してたことにはもちろん触れはしなかったが、あ。という感じで徐にスマホを取り出すと何事か操作している

祐里がそちらに視線を向けると、竜也は悪びれもせずに美緒や光に選ばれたぞって報告してたと素直に告白

「松村には連絡しないんだ。竜って意外に冷たいんだね」
祐里がツッコミを入れると、竜也は真顔で頷いてなぜかそれを否定しない

「光は会ってるから別だけど、美緒は頻繁に連絡くれるし心配してくれてたからさ。松村はこの頃未読のままだからいいかって」

あ、それ解ると祐里は心の中で同意していた。未悠はとにかく返信が遅く、未読スルーが頻発する
そのくせ用事があると電話魔になるのも常

「私があとで送っといてあげるよ。竜はちゃんとメンバーに入ったってね」
祐里がそう続けると、竜也は小さく頷いていた