4人が順々に歌い、時間は過ぎていっている
祐里と光がドリンクバーに向かうため部屋から出て行った矢先、曲を入れようとした竜也に向かって微笑みを浮かべている
ん? という感じで竜也が見返すと、「聞いたよ」と美緒が意味深な表情
「“アレ”するんだって? 竜也とは思えない、強気じゃないか」
茶化すわけではなく、美緒は心底驚いたような表情でそう言った
確かにそう。勢いだけでそういうことを言うタイプじゃない自覚はあるわけで
光の留学を遅らせるためだけについた“はったり”かというと、そういうわけでもないつもりもある
「最初は軽口だったんだけどさ、“ちょっくら優勝してきます”って言ったら、光すごい喜んでくれて。なら、ここで退いたら男じゃないなって。期待の人は俺ならばってやつだな」
言って、竜也は“宇宙戦艦ヤマト”を入力すると、美緒はその表示を見て思わず噎せている
「何て曲を入れるんだよ、キミはまったく。私のためにも1曲くらいちゃんと歌ってくれてもいいと思うんだけど」
美緒が思わず愚痴ると、竜也は笑いながら頷いている
「HOWEVERかTogetherかな。どっちがいい?」
曲がまだ始まらなかったので竜也が訊くと、美緒はうーんという感じな生返事
「いや、嬉しいんだけれどね。けど、もっと違う曲のほうがいいかなって。何か我儘言ってるみたいで嫌なんだけれど」
要は、もう何度も聴いているから違う曲のほうが嬉しいなってことなんだろうと竜也は把握した。
おk、りょと返したところでイントロが流れ出したので竜也はまた徐に起立している
“さらば光よ 旅立つ俺たちは 西陵高校野球部”
などとふざけた歌詞に変えつつ、ガチモードで竜也が歌っていると祐里と光が戻って来る
“必ず優勝果たしてくると 手を振る光に笑顔で応え”
そう熱唱していると、光は笑みを浮かべて手を振ってくれている
“函館を離れ甲子園球場へ ヒットを量産 1番セカンド杉浦竜也”
好き放題歌詞を改ざんしまくって歌い終えたと同時、祐里がすぐに竜也の頭をこつんと叩いている
「ったく。普通に歌えばいいのに、何でそんな歌詞に変えるかな」
呆れた様子で、やれやれといったポーズをしながら祐里は光の隣にまた腰かけている
しかし竜也はドヤ顔のまま、何事もなかったように美緒の隣に座る
その時の動きが妙にゆっくりだったのが気になったのか、祐里がすかさず「あんた、腰大丈夫なの?」と尋ねると、竜也は大丈夫と右手を上げてそれを制している
「竜也、あんま調子よくないんじゃないの? さっきも階段上がる時、妙にふらふら歩いてたよ?」
美緒もそれに追随してきたので、竜也はまた苦笑している。いや、よく見てますね本当にと
「こないだまた足首ちょい捻っただけ。まああれは内藤ちゃんのマネしてまっすぐ歩かないだけなんだけど」
とぼけてみせると、それは幸いしたようで3人はそれぞれ呆れたように笑みを浮かべている
「さて、じゃあ次の曲は竜也に捧げるよ。受け取ってほしいな」
美緒がなぜか祐里のほうを見て意味深に笑みを浮かべている
"駆け抜けていた時を思い返す
一人泣いてた日のことを忘れないよ”
あ、これ俺の好きな曲! と内心竜也が思っているそれを、美緒は感情を込めて歌いあげている
普段喋る時はクールなのに、歌声はなぜかキュート
それに似つかわしくないクールなメロディを、美緒は会心の一撃の歌唱力で畳みかけてくる
“君と二人で歩いてく
どんな未来も怖くない
あの日二人の約束を暖め 今を真っ直ぐ進む
二人で築く幸せを これからずっと永遠に
共に進めば 踏み出せる
重ねた夢の未来図描く”
圧巻のパフォーマンスを披露され、竜也は思わず敬礼している
「竜...美緒居なくてよかったね。あんたマジでトライアングル担当だったよ」
祐里がまた酷い褒め方をしているが、竜也は笑みを浮かべてそれに頷いて同意を示している
光も感心した様子で拍手を送っているが、美緒は褒めすぎだよという感じで被りを振った
「光も美緒もやるなぁ。私は竜のためになんか歌いたくないけどね」
なんで? と光と美緒がそれぞれ訊くと、祐里はやれやれといった感じで大仰に首を振ってみせる
「だってね、こいつ私のために歌ってくれる曲酷いんだよ。瞳をとじてだったり、夏音だったり。あと極めつけがロード。無駄にビブラート効かせてくる上に、採点すごい点数叩き出すからで凄いムカついたさ」
『祐里のために』と歌ったレパートリーをいまだに根に持っているよう
次に竜也はロード2章を歌う気満々だったのだが、今の空気はその流れになっていない感じ
「そうだ。竜ちゃん、あれ歌ってよ。いつものアレ。美緒ちゃんも久々に聴きたいだろうし」
何の話? という感じで竜也が光のほうを見ると、光は何かを投げる真似をしてみせる
それでも竜也がピンと来ないでいると、美緒が鼻歌でその曲を歌っている
あぁ、あれね。ようやく竜也は頷いた
“奇跡の逆転サヨナラホームラン”を呼んだあの曲
いや、スタンドで美緒や光が歌ってくれたおかげだと思うんだけれども
「あの曲かぁ。竜也がギター投げるのに何でこだわってるか、PV見ればわかるよ」
祐里があははと笑うと、自分の曲を入れる順番なのにあえてその曲を選択している
有無を言わさず歌わせる展開に苦笑しつつ、また例によって起立しての歌唱タイム
祐里が「ホント、無駄になり切ってるのがムカつくんだよね」と呆れるレベルで、竜也は“上杉昇”と化している
低音域を誤魔化して凌ぎ、後は張り上げる高音パートで声が枯れんばかりのシャウト
美緒と光は互いに目を合わせて微笑みを浮かべつつ、2番のサビの後の間奏パートのPVを見てまた頷いていた
「これね。確かにいいシーンだけど、それは投げた人がカッコいいからじゃないの?」
光が思わず呟くと同時、曲が終わり竜也が" PV"と同時にマイクを投げたのを見て思わず噎せている
「同時って。もう褒めるしかないねこれは」
美緒が感心したようにそう言うと、竜也はドヤ顔でサムズアップポーズ
「結構いい時間じゃね? あと全員1曲ずつで終わりにするか」
さり気に腕時計を見た竜也がそう促すと、祐里と光、そして美緒はそれぞれ頷いて同意を示した
「じゃあ私はあれにしようかな」
祐里がそう言ったのを聞いて、竜也は不敵な笑みを浮かべたのだった