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美緒、光が歌い終え、祐里が入れた曲は『はじまりのうた』
終わりにいつも入れる定番曲のそれで、知ってたという感じで竜也もリモコンを操作して曲を入れている

画面にまたも『はじまりのうた』と表示されたので、マイクを持って歌う気満々だった祐里はちょ、竜という感じで竜也のほうを見ているが、当の本人は素知らぬ顔で美緒と光にスマホを見せて何事か盛り上がっている

なぜか盛り上がっている3人を尻目に、祐里は例によって“ザ・祐里”な歌唱力を披露している
常に全力で“パフォーマンス”を披露する祐里には頭が下がる思い

終わりなのに、『はじまりのうた』。祐里なりのこだわりなそれで締めるのはいつものこと
“アンコール”と称して、あと何曲か続けることはよくあったけれども


閑話休題

次は竜也の番。曲名こそ同じだが、歌手がそもそも違うのでまるで別の曲
サビ以降がとにかく高音連発なので、竜也は裏声で誤魔化してそれを乗り切っている

「竜也、あまり聴き込んでないでしょ?」
美緒がツッコミを入れると、竜也は悪びれもせずに頷いてそれを否定しない

あぁ、疲れたと言って竜也がマイクを置くと同時、美緒が不意に「あ!」と声を出したので、3人はそれぞれ美緒の方に視線を向ける

「竜也、私のために1曲歌ってくれるって言ったの忘れてるでしょ?」
言われ、竜也もアッという感じで思わず両手を合わせて謝罪の意
それで乗り切れるかと思ったが、どうやらもう1曲歌わないとダメな空気が女子たちから送り届けられている

「竜、ダメでしょ。美緒はわざわざ千葉から来てくれたんだからさ」
「竜ちゃん、失望したわ。約束を破る人は私嫌いよ?」

案の定攻め立てられたので、竜也ははいはいという感じでリモコンを再び操作
これしかないでしょ、的な選曲で“アンコール”にお応えすることに

印象的なピアノのイントロから始まるそれ

“今オマエをこの腕に
抱きたくて せつないよ
会いたい気持が どれ程つらいかと
問いかけてた”

竜也と美緒の関係とはちょっと違うけれども、“遠距離恋愛”なテーマをイメージしたように聴こえるバラードをチョイス
冒頭の低音部に相変わらず苦戦しつつも、以降は竜也なりに丁寧に歌い上げ会心の一曲となるそれ

美緒は大きな目を丸くしつつ、感心したように何度も頷いてそれを静かに聴いている
光と祐里は、また例によってカッコつけすぎている竜也の様子に苦笑しつつも、美緒と同じように聴き入っている

“こんなに Everyday Everynight
愛してたなんて
もう Everyday Everynight
離したくはない”

歌い終え、ふぅと大きく息をつく竜也に美緒はありがとと小さく声をかけていると、光と祐里がなぜかリモコンを操作しているのが見えた

「竜ちゃん、アンコールだよ。ほら、マイクちゃんと持って」
光が微笑みを浮かべつつ、座りかけた竜也にマイクを手渡す

いや、もう普通の高校3年生野球部員に戻らせてくださいという感じの竜也だったが、流れ始めた曲が大好きなそれだったので歌わないわけにはいかない

“やわらかな風が吹く この場所で”
18番中の18番をリクエストされ、竜也はもう喉が潰れる寸前とは思えない高音歌唱の大サービス

“絶え間なく注ぐ愛の名を 永遠と呼ぶ事ができたなら
言葉では伝える事が どうしてもできなかった 優しさの意味を知る”

大ラスでは、“ライブバージョン”を披露するパフォーマンスで、やり切った感満載で今度こそ竜也がマイクを置こうとした瞬間、またも別の曲が流れ出している

ピアノ演奏から始まる、壮大なバラード曲
とにかくイントロが長いそれが流れ出し、竜也が苦笑していると今度は祐里がマイクを再び手渡す

「あんたの締めはこれでしょ。しっかり歌って終わりなさい」
促され、やれやれという感じで3たび歌う羽目に

“I hear the lonely words 初めて見せた貴女の
痩せてしまった その笑顔に 頬を寄せた”

ラストを締めるにふさわしいバラードを、“自称TERU”と化した竜也はまたいつものように目を閉じての熱唱

「祐里、ありがとね。ホントはこの曲も聴きたかったんだ」
美緒が思わずそう呟くが、祐里は意味が解らずにきょとんとしている

「凄いいい曲なんだけど、これ別れの曲よね」
光もそう呟きつつ、静かに歌声に耳を傾けている

“「誰もが生きる事の痛みを抱きしめて 生きてゆくなら
教えてくれ 俺はこれから何を 失ってゆくのか…」”

例によって低音を必死に誤魔化し、最後の高音部を気持ちよく歌いあげ無事に終了

「マジもう無理。声出ないから」
竜也がそう言ってマイクを置くと同時、3人から温かい拍手が送られてご満悦な表情

「つかな、腹減ったんだって。さっさと飯食いに行こうぜ」
竜也が促すと、祐里は美緒に何食べたい? と訊いている

「そうだね。久しぶりに函館に帰って来たんだし、やっぱりラッピ?」
美緒がそう返すと、光は思わず苦笑している。それはそう。一昨日食べたばかりだしね
とはいえ、メニューは豊富なんでまあ大丈夫

「じゃあ行くか。会計は俺が払う」
珍しく竜也がそう言い放つと、得意気に伝票を持って立ち上がった