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何事もなく“夜景観光ツアー”は幕を閉じた

翌日、竜也と祐里は『合宿』へ。美緒は千葉へ戻って行くのだが、光はわざわざ見送りに来ている
偶然というかDestino.なのか、西陵高校野球部の出発と美緒の出発時間が被っていたので、しばし歓談の時間を得ることが出来た

「それじゃ、次は甲子園でね」
美緒がそう声をかけると、竜也黙って頷くと左胸を2度叩いてから右拳を掲げるアレ
美緒が呼応しようとすると、祐里と光は目ざとくそれを咎めるがごとく、すぐにそれぞれ右拳を掲げてみせる

「もう抜け駆けは許さないからね?」
祐里が悪戯っぽく言ってあははと笑っていると、光もいつものようにふふという笑みで小さく頷いている

「やっぱり敵わないな」
先を越されて呆気にとられつつも、美緒はその流れに追随している
なぜか空港で拳を重ねる4人という謎光景

何事もなかったように祐里と光はすぐにその場からいなくなり、また竜也と美緒が二人その場に残される
なんだったんだろうね、と美緒がぼそっとこぼすと竜也は苦笑して首を振るだけ
まあ、いいんだけどさと美緒は竜也のほうを見てちらっと笑うと、そういえばという感じで両手をポンと叩いた

「思い出した。竜也、私とも一つ約束してもらえるかな?」
唐突な申し入れに竜也はん? という感じで返答に困っていると、美緒が続けている

「祐里には甲子園に連れて行くと約束して、それは果たしたじゃない?」
言われ、竜也はあぁとすぐ頷くと、美緒がさらに続ける

「未悠ちゃんには満塁ホームラン打ってと言われてホントに打っちゃって。それで光ちゃんには優勝してくるでしょ?」
偶然の産物とはいえ、逆転サヨナラ満塁ホームランを打ったのは事実。“約束”した覚えはないけれどなと思いつつ、竜也はまた頷いている

「ならさ、私も一つくらいお願いしていいかなって思って。じゃないと不公平だよね」
理屈はわからないが、確かにそんな気もしないではないと思い竜也はまた頷いてしまう。何か除け者にしてる気さえ覚え、なぜかごめんなと謝ってしまうと、美緒はそれは違うねとふふと笑う

「いろいろ考えてみたんだけれど。出塁率10割とサイクルヒット、両打席でホームラン。どれがいいかな」
とんでもない無理難題で、竜也は思わず吹いてしまう。いや、どれも無理だろそれとすぐに返すと、美緒は急に悲しそうな表情を浮かべる
すると、待ってましたとばかりに祐里が現れ「女の子を泣かすなんて最低」と呟いて去っていく、まるで通り魔

呆然とする竜也に対し、美緒はふふと何事もなかったようにいつもの笑み

「それくらいの覚悟を持たないと、優勝なんて夢のまた夢だよ? 私たちに“新しい景色”を見せてくれるんでしょ?」
美緒からの激励のメッセージだった。まあ考えてみれば、美緒のキャラ的にこんな無茶ぶりしてくるのはおかしいわけで
竜也が内心ほっとしていると、美緒はその微笑みのまま非情な一言を発してくる

「じゃあヒット20本で許してあげる。頑張ってね」
竜也がおいと突っ込む前に、美緒は予想外に破顔している。大会記録が19安打と知っている上での“嫌がらせ”
もう敵いませんという感じで、竜也は黙って首を振るだけ
1回戦から出場で6試合全て3安打しても届かないそれ、2回戦からの登場なら毎試合4安打とかいうムチャすぎる記録

「とりあえずあと6つ勝ってくるよ。記録はその次な」
竜也がそう言うと、美緒は笑みを浮かべたまま素直に頷いた
うん、それでいいよと言ってから、不意に思い出したように手持ちのカバンから借りたままだった竜也のキャップを取り出すと、返すかに見せかけてそのまま自分で被っている

「優勝するまでこれ預かっておくから。優勝したら、函館まで持って行くからね」
いや、別にプレゼントしてもいいんだけどと言いかけるが、美緒の意味深な笑顔にその言葉を踏みとどまる

「優勝して、その後文化祭でみんなで“de 西陵”の大合唱しようね」
それで美緒の言いたいことを竜也はようやく理解できた。“揉めてた”と言うが、『優勝』を何とかするきっかけにしたいということなのだろう、と竜也は勝手に内心で判断した

竜也はサムズアップポーズをしつつ、ニヤリと笑ってみせる

「俺はさ、中学の野球部を3日で辞めたんだよね。そんな俺が6年後、大優勝旗を掲げているとしたら、すごい夢ありませんか?」
なぜかたどたどしくそう竜也が呟くと、美緒も小さく頷いてそれに応えた

「キミに私と光ちゃんの未来を託したからね」

“ちょっくら優勝してきます”発言が、思わぬ余波を生んでいることに驚きつつも、是が非でも果たさなきゃダメなことに違いはない
つかね、そもそも最初から負けること考えるバカいないよね。出る前に負ける事考えるバカいるかよ!(アントニオ猪木ism)
いや、まさに時は来た!(橋本真也ism)といったところだろうか

「はいこれ。約束替わりね」
言って、竜也が例によっていつもの赤いバラを取り出して美緒にプレゼントするサプライズ
また不意に現れた光に対しても、同様にバラを差し出すファンサービスを敢行すると、なぜか西陵野球部員から生暖かい拍手が送られている

「先輩、私には?」
「美緒と光にだけはズルいよ。私にも頂戴」
西陵の誇る二大美人マネージャーが竜也の元へ訪れると、竜也は無表情のままサムズアップポーズをしてみせるとすかさず「おもちゃの鎌」と、「スパナ」を取り出すとそれぞれ奈乃香と祐里に進呈している

「なんでやねん」
奈乃香がすかさず突っ込むと同時、祐里は鎌を受け取って意味深な笑みを浮かべている

「私が覇者で王者の2冠王だ。よーく覚えとけ」
言って、鎌を竜也に投げ返すと奈乃香に“スパナ”で殴れと合図を送っている

さすがにそれはという感じで奈乃香がそれを戻すと、竜也は苦笑して頷いている
「ここでそれ(暴行)やったら、今から出場停止になるわ」

そして出発の時間が近づいてくる

「次は甲子園で。期待してるからね」
美緒がそう呼びかけると、竜也は静かに頷いている。もうなるようにしかならないというのが実際のところで、今更気負うこともない。なんとかなるなる(成海瑠奈ism)

「竜ちゃん、これ受け取ってもらえる?」
呼びかけられ、竜也はん? という感じでそちらに視線を向けると光が持っていたのは“エルボーガード”
竜也のためともいえる両打席用のそれを、“餞別”として持ってきてくれている

「よかったら。けど、感覚とか変わるようだったら使わなくてもいいからね」
サプライズのプレゼントを送りつつも、さすがの気配り
いや、使わせてもらうよと竜也は恭しく頭を下げて受け取りつつ、またしてもサムズアップポーズをみせると光はちっちっという感じで自分の顔の目の前で右人差し指を振っている

「美緒ちゃんにだけ帽子渡すのはズルいと思うんだ。私にも...ね?」
まさかのリクエストだったが、竜也は素直にそれに応じる
今まさに被っているそれを手渡すと、臭いかもだぞと言って笑みを浮かべている

光が受け取ったキャップを被ると同時、竜也はまたどこからか新しいキャップを取り出すとすぐにそれを被っている
微妙に表のデザインが違うそれ

「新しいの買っておいてよかった」
竜也が呟いた目の前では、祐里が舌なめずりをするような感じでそのキャップをロックオンしていた