合宿中、練習試合は3試合行われた
破竹の3連勝フィニッシュで、『アレ宣言』は伊達じゃないというところ
竜也も好調を維持していて、浩臣も相変わらず防御率は『0』
一方、夏予選から不振に喘ぐ安理はそれを引きずったままの状態
8打数無安打で、渡島から初戦はスタメンで使わないと明言されてしまっていた
その間に、大阪代表の大阪道院と1回戦で対戦することが決まった
出来れば2回戦からの出場が望ましかったうえに、いきなりの強豪校との激突で西陵部員はそれぞれ渋い表情を浮かべている
主戦の藤波は大会屈指の剛腕で、打者も好打者が揃っている
浩臣は“アレ”するなら、いずれ倒さなきゃダメな相手だしな」とあくまで強気を崩していない
対戦が決まった直後、渡島は左打者中心にオーダーを組むぞと即座にメンバーに伝えていた
ホテルの部屋で映像を見ていた竜也は、同室の浩臣を手招きで呼んでいる
スマホで藤波の投球を見せたうえ、右打者これ無理でしょという結論
「恐ろしいなこれ。どんだけ頭に抜けて来るんだ?」
浩臣が思わず苦笑するレベルで、“火炎放射器”と揶揄されるのもわかるそれ
「伊藤くん、セカンドあるぞ」
竜也がそう笑って話すと、浩臣はバックから内野手用のグローブを出してみせる
「一応持っては来てるけどな。さすがに使う機会はないと思いたいんだが」
浩臣もそう言って笑いつつ、初戦は先発ないぞとも言われたと続けている
「監督も優勝する気だね。6試合を見据えてるわ」
竜也がそう呟いたと同時、ドアをノックする音
「誰だって、どうせ進藤だろ」
浩臣がそう揶揄しつつ、開いてるぞと声をかけるとすぐにドアを開ける音
いいです? という感じで入って来たのは竜路
予想外の来客だったが、特に拒む理由もないので素直に受け入れる
「岡田先輩といると何か空気重くて」
いきなりのぶっちゃけに竜也と浩臣が思わず吹き出すと同時、またしてもドアをノックする音
「今度こそ進藤だろ」
言って、浩臣がドアを開けると今度はそこに安理が立っている
なぜか神妙な顔をしている安理に対し、浩臣はとりあえず入れと促した
なぜか部屋に4人という状況になった
竜路が俺外しましょうか? と思わず言ったが、竜也が問題ないでしょ? と訊くと安理は即座に頷いている
竜也と竜路、浩臣と安理がそれぞれ並んでベッドに座っている状況
普段見せたことのない安理の様子に戸惑いつつ、3人は安理の発言を待つ状態
やがて安理は自分のスマホを取り出すと、その画面を見せつつぽつぽつと喋り出す
「前バッセンで指導してくれた人に、練習試合でも無安打だったからもう1度指導をお願いしたらこの結果なんだ」
そこに表示されていたやりとりを見て、3人はそれぞれ思わず苦笑するしかない状態
安理『3試合とも無安打でした』
滝浪『お前変わらんかったな』
安理『もう1度アドバイスをお願いしたいんですが』
滝浪『こんにちはおバカさん』
そこでブロックされたと表示されているそれ
「もう僕は何を信じていいかわからなくてね、気づいたら君たちの部屋の前に立っていたというわけさ」
何と声をかけていいかわからず竜也は思わず頭を搔いていて、竜路もとんでもない場所に来てしまったという表情
ただ一人、浩臣だけは小さく頷くと安理の肩をポンと叩いている
「多分だけどな、そのアドバイスをしたとかいうやつは俺と竜も知ってるんだ。中学の野球部の監督だったやつ」
“割れ”にこだわり、とにかく好き嫌いが激しくパワハラや暴言が飛び交う現場に即座に嫌気がさして3日で退部したと浩臣が話すと、俺もだなと竜也が苦笑してそれに続けた
「俺もあやうく3日で部活辞めるとこでした」
言って、竜路は竜也のほうを見て小さく頭を下げている
気にするなとばかりに、竜也はそれを右手を振って制していた
「それでというわけじゃないんだけど、僕にバッティングを教えてくれないかい? このままじゃ完全なお荷物だ」
まさかの申し出だった。竜也は竜路に野球を教えるとは言ったものの、基礎等は触れていない
あくまで試合の戦況に応じた判断能力や、球種の読みなどしか教えていない
竜也は逡巡した様子すら見せず、俺には荷が重いわと即座に辞退
浩臣も同様なようで、「俺も無理だな。右打者の指導とかやったことないぜ」と同じ返答
それで安理が困惑した表情を浮かべた矢先、竜路がおずおずという感じで挙手している
「こういうのもあれなんですけど、千葉先輩はバットが遠回りしていると思うんですよ、俗にいうドアスイングってやつです」
調子こきました。すいません、という感じで両手を合わせる竜路に対し、安理は目から鱗が落ちたかのように何度も頷いている
「いいこと聞いた。貴崎、ありがとう」
言うが早いか、安理はすぐに立ち上がって部屋から飛び出していく
残された3人は何が起きたのかわからない、といった感じで呆気に取られている
直後、竜也のスマホに着信が来たのでそれぞれ正気に戻っている
おっと、誰だろという感じで竜也がそれに出ると同時に普段見せたことのない笑顔を浮かべているのを見て竜路は少し驚いた様子
「杉浦先輩、誰と電話してるんですかね」
聞かれた浩臣だったが、同じように見たことのない姿なので苦笑するだけ
「いや、さすがに無理だって。ロビーで話すくらいならいいけどさ」
「だから行きたいんだけどさ。明日開会式だしこれから外出とかしたら問題なるわ」
スマホの向こうの声は聞こえないが、竜也の話す声は珍しく弾んでいる
普段ぼそぼそとしか喋らないタイプなのが、今はまるで別人のよう
「進藤さんかと思ったけど違いますね」
竜路が呟くと同時、竜也はごめんごめんという感じで通話を終わらせている
「今からちょっと出て来れない?って。びっくりしたわ」
竜也がそう話すと、浩臣は苦笑したまま首を振っている
「相変わらずモテモテじゃねーか。今度は誰だよ」
浩臣が茶化すと、竜也は松村と即答している
「あいつ実家京都で、親戚が神戸にいるから里帰りしてるんだと。にしても夜に出て来れる?はさすがに笑ったわ」
やれやれという感じで竜也がそう呟くと、竜路と浩臣はそれぞれ顔を見合わせて苦笑していた