開会式で全国デビューを終えた西陵野球部
また某国営放送で妙な”X"からの投稿が流れていたよ、と美緒から報告があった
『どうせよ、西陵の生徒なんかよ、田舎モンすぎて何にも知らねぇんだからよ。どうせ電波も入ってねぇんだからよ。圏外だからよ、オイ。中継見れてねぇんだよ。かわいそうに。それどころかスマホも持ってねぇ原始人どもが、バカ野郎』(宇和島の福男くん18歳)
あまりの酷い言い様。それをチョイスするセンスは凄いな、と竜也が思わず感心するレベル
一体誰なんだろうねとスマホの向こうで美緒が笑っていた
南北海道予選決勝でも妙なのが上がってたって聞いた
何の恨みがあるのか知らないし、誰の仕業かもわからないがあまりいい気分がするものではない。笑えるけど
開会式が終わりホテルに戻ると、そこには昨日の“約束通り”未悠が待ち構えている
「来ちゃった」
台詞こそ意味深だが、見事なまでの棒読みでのそれ
すいません、密会してきますと竜也が渡島に告げると、ほどほどになとの返答
私もと言いたげな祐里だったが、さすがに気を利かせたのか自室に戻っていく
そしてロビーに残される二人
ジュースでもご馳走しようかと思った竜也だったが、なにせユニフォーム姿
スマホこそ所持しているが財布は持っていない。auPayで支払いできたっけなどと考えていると、それを見透かしたように未悠が先に紙コップを2つ持ってきている
「はい。どうせ君はコーラでしょ」
言いつつ、どうやら未悠もコーラを飲むらしい。これは意外なチョイス
「敵を知り己を知れば百戦危うからずって言うじゃない? ちょっと違うか」
いつものハスキーボイスは健在で、未悠はコーラを痛飲している
そもそも俺は敵なのか? と竜也が素で返すと、確かに違うねと未悠も素で頷いている
「大会前に会っておきたくてね。だから昨日連絡したんだけど」
夜に外出できる? という無茶ぶり。それを辞退すると、じゃあ開会式の後そっちのホテルに行くからというやりとり
「開会式見に行きたかったなー」
午後からは軽く練習があり、明日以降もオフの予定がないということを伝えておいたのでじゃあ開会式の後に会いに行くよというわけ
大事な友達の晴れ舞台を見逃したのは後悔するよと言いつつ、竜也からすごい観衆だったと聞かされてじゃあ行かなくてよかったとあっさりの前言撤回ぶり
「人混み嫌いだからね。さすがに試合には行くけど、相手が大阪代表だと混むね」
心底憂鬱そうに話す未悠に対し、竜也は俺のヒット見逃すぞと煽っている
「言うようになったね。6年前図書室でくだ巻いてた人とは思えないよ」
言って、未悠はふうと息をつくと伸びをしてみせる。どこか眠そうで、図書委員をしていた時を思い出すそれ
「眠そうだな」
竜也が思わずそう呟くと、未悠は悪びれもせずに頷いている
「しゃあないじゃん、こう見えても私緊張しいだから眠れなかったんだよ」
いや、そっちは開会式なわけじゃないんだから緊張しないだろと思いつつ、竜也は気持ちはわかると同意を示す
「俺も緊張しててな。7時間しか眠れなかったよ」
鼾うるさすぎるわと浩臣に怒られたことを付け加えると、未悠は思わず吹いている
「で、実際どうなの。体調とか調子は?」
何気ない一言だったのだが、竜也は未悠を手招きで呼び寄せている
内緒だぞ、と前置きしてから耳元で囁く大サービス
「ぶっちゃけ腰の状態があまりな。決勝まで持てばいいんだけど」
まさかの素で返したので、未悠はちょっと驚いた表情
「え、大丈夫なの?」
その問いかけに対し、竜也はいつもの見開きポーズでお返しする
「なるようにしかならんからな。あとは神のみぞ知る」
言ってのけ、その後はいつもの拳王ポーズ
「いつも思ってるんだけど、それにはどう返すのが正解なんだろうって」
言いつつ、未悠も得意の拳銃ポーズでそれに呼応している
「端から見れば、何してるんだこの二人って感じだよな」
自分から仕掛けたくせに、急に素に戻るところがまさに竜也クオリティといったところ
それに未悠も普通に対応していて、だがそれがいいと言って小さく笑っている
「そういえばさ、ようやく野球ってものが少しわかって来たんだけど」
未悠がそう言って前置きしてきたので、竜也はん? という感じでそちらに視線を改めて向けている
「杉浦みたいによく打つ選手って、クリーンアップ?(なぜか疑問形)が普通みたいだよね。なのに何で君は1番を打っているのかなって気になって」
意外過ぎる素朴な質問が飛んできたが、竜也はすぐに頷いてそれに応えることに
「俺は余計なこと考えないほうが打てるってだけ。言い方悪いけど、今俺の前打ってる玉子が打率0だからランナーいない場面多くてさ。ホント好きなように打てるんだよね」
何気に酷いことを言っているが、あくまで“喩え”。ランナーが居ても高打率をキープしているのには違いないわけで
「あとはさ、1回の攻撃の先頭打者が打席に入った時のコールが大好きなんだよね。“突撃 突撃 杉浦!”ってやつ」
先頭打者にだけかかる“突撃コール”
妙に響きがいいそれに、竜也は乗せられて先頭打者としての出塁率は夏大会10割をマークしている
「ここだけの話だけど、昨年の夏は2番打って打率0でした。3番になった時は1本打てたけど結果負けちゃったし。俺には1番があっていると思うんだよね」
竜也がしみじみ呟いていると、未悠はバックから何かを取り出している
あったあったと未悠が取り出したのはうちわ。表面に杉浦、裏面に竜也と書かれた、まさかのお手製のそれ
思わず竜也が噎せているのを尻目に、未悠は次にペンを取り出すとそれを竜也に手渡してくる
「ほら、早くサイン書いて。光と渚にだけサインするわけじゃないよね?」
言って、未悠は手袋を嵌める真似をする始末で、どうやら光か渚が情報を流していたらしい。マジで勘弁して
渋々という感じでペンを受け取り、無駄に慣れた手つきでサインを書いてうちわを手渡すときに竜也はふと気づいた
半袖から除く未悠の腕が鍛え上げられたそれだったことに
いや腕だけじゃなく、肩幅も広くなったように見受けられた。顔が小さいから余計に際立つそれ
「ん、どうかした? まじまじと見ちゃったりしてさ」
視線がバレていたようで、未悠は口元に笑みをたたえつつうちわをまたバックに戻している
竜也は悪びれることもないので、素直に思ったことを口にすることに
「いや、前からそんなにいい筋肉してたっけって。俺よりよっぽど強そうだよな」
真顔で竜也が茶化すと、未悠は急に真剣な表情で竜也を見つめている
「私さ、“リコリス”になろうと思って。そのために鍛えてるんだ」
真顔でそう告げられたので、ボケなのかガチなのか判断に困るところ
素で困惑し、竜也が返答に戸惑っているのに気付いたのであろう。未悠はまたいつもの静かな笑みを浮かべている
「誰かさん、巻き込まれ体質だからね。何かあった時に私が守ってあげないと」
意味深に笑ってみせ、またいつもの拳銃ポーズをしてみせる未悠はかつて図書館で仲良く話していた未悠とは同じ人と思えないくらい輝いて見えた
いつもならここでバラを渡すところだが、それじゃ能がないなと思った竜也はふと閃く
未悠だけにわかる何かを、という感じ
右手の中指と薬指、親指を合わせ、人差し指と小指は立てたままで狐ポーズを作る。それで“2”を描くように動かしてから肘を立ててからグラブでその肘を叩いてから、天に狐ポーズを突き上げる謎のポーズ
「ツーアウトになった時、稀にこうやるから。これ、松村にだけ送るポーズって覚えといて」
竜也がニヤリと笑うと、未悠もつられて笑いつつわかったよという感じで“掟破りの逆拳王ポーズ”を披露
「6試合毎イニングやってもいいんだよ? 楽しみにしてるからね」