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今日はついに甲子園1回戦当日
スタメンは前日発表されたのだが、なかなかのサプライズ

竜也はいつも通り1番なのだが、ポジションはまさかのショート
2番に和屋が抜擢されてセンター、3番にセカンド浩臣で、4番サード樋口
5番ホワスト高井で、6番にライト万田。7番投手須磨で、8番レフト天満、9番捕手近藤という驚きの布陣となった

「相手の藤波は右打者の内角高めにボールが抜けてくるからな。とはいえ5人左を並べると、交代で出て来る辻内が厄介だ」
そこで4番に樋口を挟みつつ、1番から3番。5番から7番まで左を並べる、超攻撃的布陣となっている

「ホントは貴崎もスタメンで使いたかったんだがな、なにせ外野での実戦経験がない。樋口に何かあったらすぐ行くから準備しとけ」
案に藤波の“スナイポ”を揶揄しつつ、しっかりとスタメン落ちの竜路にフォローを入れている

「いや監督、俺サードよりレフトのほうがいいんですけど」
樋口はそう言いたげな表情だったが、スタメンはもう発表されているので異議を唱えるのはご法度

「ヒグっちゃん、ご武運を」
同席していた祐里が合掌してみせると、部員たちは一斉に同じように手を合わせている
まるで死地に赴くかのようなそれ

「ぶっちゃけ、左も危ないけどな。足元に飛んでくるから、伊藤くんちゃんと逃げろよ」
竜也の呟きに、浩臣は苦笑して頷いている

濃紺ユニから繰り出す豪速球ノーコン藤波を攻略できるかどうかが1回戦のカギ

「とにかく竜だな。お前が先頭で塁に出るかどうかで勝負決まるぞ」


§

スタンドはとにかく人、人、人の大観衆
光、美緒、未悠はそれぞれ球場に行くからねとLINEを送ってくれている
暑い中ご苦労様という感じだったが、ヒットそして勝利を送るからそれで許してくれというのが竜也の思い

「いや、想像以上だなこれ」
浩臣が思わず呟いている。大観衆の声援はとてつもない破壊力。まして相手が大阪代表ということもあり、ちょっとアウェーな感じも否めない
しかし竜也は妙に落ち着いていた。ある意味開き直りとでもいうのか、“死ぬわけじゃないから”という気持ち
あのプログラムを乗り越えてきた俺を舐めるんじゃないぞ、と。スタンドには大事な友達が駆けつけてくれているし、ベンチにも祐里がいる

「さて、一歩踏み出してみようか。今という二度と戻らないこの瞬間を、目いっぱい楽しむためにね」

そしてプレイボールがかかる
西陵高校は先行ということで、竜也が左打席に入る

例によって“突撃コール”が響く中の初球だった
藤波が投じた真ん中に入ってきた直球を、竜也はものの見事に強振でジャストミートしてみせる

まだサイレンが鳴りやまぬ中、打球は快音を発して右中間へく
センターの藤原がなぜか一瞬逆方向に動いたので反応が遅れ、ライトの平田が懸命に追ってフェンス際で打球を抑える
竜也は打球の方に目もくれず二塁を蹴って三塁へ向かっていて、悠々のスタンディングトリプル

塁上で静かに右手を上げて見せる竜也に対し、祐里はいつも以上に目を大きく丸くしている


「よく言ってたんだよね。ホームランより三塁打のほうがカッコいいでしょって」
アルプススタンドで観戦中の美緒が思わずそう呟くと、隣に座っていた未悠は不思議うそうな表情
何で? と聞かれ、美緒はすぐに小さく頷いて答えている

「ホームランだとベンチに下がっちゃうじゃない? けど、三塁打だと塁上でベンチやお客さんの歓声を浴びることになるからって。この大舞台でそれ実行しちゃうんだから、竜也は凄いな」
羨望の眼差しで美緒は塁上の竜也に向けて拍手を送っている
未悠もなるほどね、と感心したように頷くと同時、杉浦いいぞーといつものハスキーボイスを響かせていた

竜也が“いつも通り”の打撃を披露したことで、西陵ベンチは沸きに沸いている
よし、行けるぞという流れで和屋は気合満々に打席に向かっている

「和屋ちゃん打てよ」
ネクストに向かいつつ浩臣がそう声をかける。竜也も塁上から俺に続けと煽っているが、和屋は一人頷いて内心で闘志を燃やしている

またしても初球だった
藤波の外目の直球を和屋が叩くと、バンカーショットのような妙な打球が三遊間へ飛んだ
ハーフライナー気味だったので竜也はスタートできず自重していたが、打球はショートの前で小さく弾むそれ
ショートの根尾が捕球した時、すでに和屋は一塁へダイビングを済ませた後
まさかの2球で無死1,3塁の大チャンス到来

和屋は雄叫びを上げながら塁上でエアギターを披露して塁審から注意を受けていたが、まさかのエアギターを渡すパフォーマンスでそれを相殺

ふぅ、と息をついて浩臣は打席に向かう
その後、3塁塁上にいる竜也に対して、意味深に笑って見せてから藤波と相対する

3塁塁上から見ても動揺が隠せない藤波に対し、浩臣はいつも以上に研ぎ澄まされた視線から静かにバットを構えている

和屋がしきりにリードを取って藤波を揺さぶっている
渡島が導き出したデータ。牽制をした後、もう1度ランナーに目をやったあとは牽制を投げて来ない
それが頭に入ってるのであろう、和屋はもう盗塁する気満々といった感じに見える

竜也はほぼリードを取っていない状況なのだが、藤波は三塁ランナーも気になっている様子
“格下”扱いしているのであろう、スクイズ警戒といったところなのか

1塁に牽制したあと、3塁に目をやる藤波を見て和屋がまた大きくリードを取る
まさにデータ通りといったところで、藤波はそのまま投球を開始したので和屋は迷わずにスタート
完全にモーションを盗んだそれで、捕手の江村が送球すら出来ない完璧な盗塁で無死2、3塁の大チャンス到来

カウント1-0からの2球目だった
藤波が投じた甘いスライダーを浩臣が見逃すはずもなかった
いつも以上に鋭いスイングで捕らえたそれ、打球は快音を残して大観衆の待つライトスタンドへ消えた

一瞬の静寂の後、西陵側スタンドからの大歓声が沸き上がり、西陵ベンチからもよっしゃー!などの叫び声が響き渡る

浩臣はそのベンチに向けて、右人差し指を向けてドヤ顔でアピールをすると、小走りにダイヤモンドの一周を開始
わずか4球で西陵は3点を先制し、完全に試合の主導権を握った