「なんか燃え尽きてない感じだな...って当たり前か」
松山が何かを察したように言うと、竜也は再び苦笑しながら小さく頷いている。国体あるんだけど、出られるかわからないんだよなと続けている
「12校しか選ばれないからさ。俺ら3回戦敗退だから選出待ちなんよ。そもそも腰が全然治らんから、それ以前の問題なんだけど」
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3回戦、竜也が欠場したことによって浩臣が先発を志願してそれが認められた
2回戦に続く連続の先発になる形は、市予選、同予選を通して初めてになる
打線も大幅に組み替える形になり、1番セカンドには千葉安理が抜擢されている
初戦途中出場からの、まさかのホムラーンという天変地異。2戦目はスタメンでマルチヒットという好調に賭ける形となった
初回から浩臣はMAXで飛ばしている
前に打球を飛ばさせないそれで、3者連続三振スタート。1球1球叫び声が聞こえるレベルの熱の入れようで、ベンチに戻った浩臣に対し渡島は「飛ばしすぎだ。もう少し冷静になれ」と苦言を呈しているまでの
2回も球数こそ要したが再びの3者連続三振で6連続三振という気迫に満ち溢れた熱投だが、浩臣は早くも肩で息をし始めている
そして3回にアクシデント
先頭打者に相対し、初級ボールからの2球目を投じた直後、浩臣の右足に異変が起こる
脚が踏ん張れない形になり、とんでもない暴投になると即座にタイムがかかる
ベンチから那間が走り、千原もマウンドに駆け寄るが浩臣はあくまで大丈夫だとそれを制しようとするが、球審が寄ってきて1回ベンチ裏に下がりなさい。これは審判命令だと声をかけてきたので、浩臣は那間と千原に肩を借りる感じでベンチ裏にいったん引き上げている
「大丈夫です、行けます」
浩臣は気丈にそう何度も繰り返しているが、ベンチ裏のドクターは即座に?印を出していた
「内転筋。2週間は安静にすること」
告げられ、浩臣は思わず天を仰いだ
浩臣負傷交代により、急遽マウンドに上がった須磨はそのイニングを何とか0で凌いだのだったが、4回に捕まり替わった右内も堪えきれずに2失点
相手投手の佐々木労に打線は完全に封じられているだけに、あまりにも重すぎる失点
5回にも2点を加えられ、高井孝之がホアか三振かの怪投で何とか自作自演でピンチを凌ぎつつの6回を終えて0−4という状況
竜也と祐里は甲子園に辿り着き、祐里はベンチに入れないので美緒や光たちが待つスタンドへ向かうことになったのだが、竜也の目が完全にいつものルーティーンが済んでいるそれになっていることが気にかかった
「あんた、まさか試合に出るつもりじゃないよね?」
別れ際にそう呟いた祐里に対し、竜也は不敵な笑みを浮かべて返事をしないままどう見てもぎこちない動きでベンチへ向かっていった
「試合はどうなってる?」
到着するなり竜也がそう聞くが、西陵ベンチは静まり返っている
声の主が竜也だと気づいて一瞬ざわめくが、戦況が戦況で騒げる状態ではない
ベンチで天を見上げるように座っていた浩臣に気づいた竜也は、ゆっくりとそちらのほうへ歩を向ける
「竜か。スマンな、俺もやっちまった」
浩臣は天を見上げたまま、自分の脚を指差す。寄ってきた竜路が、内転筋ケガしちゃったんですと小声で続けてくれたので、竜也は状況を把握
そしてスコアボードを眺め、西陵が6回まで完全に抑えられていることに気づいた
高井が満塁のピンチを凌ぎ、ナインはベンチに戻ってくる
次の打順は安理からなのだが、もうお手上げという表情
「ちょっとまずいねこれは。打てる気がしないよ」
誰かが呟いているのが聞こえ、竜也は相変わらず立っているのが精一杯にしか見えない状態のまま、渡島の前に向かう
「監督、行かせてください」
とんでもない無茶振りだった。誰もがそう思うし、どう考えてもあり得ない行動
しかし、ベンチの雰囲気は“何とかしてくれ”という空気に変わっている
打者18人が完全に抑え込まれていて、このままじゃ完全試合にすらなりかねない雰囲気
「杉浦、走れないのにどうするんだ」
渡島がそう訊くと、竜也は遠くスタンドを指差していた
「ちょっくらホームラン打ってきます。それなら歩いて帰ってこれますから」
『西陵高校 1番千葉くんに代わりまして、バッター杉浦くん』
コールがかかると、球場の空気が一変する
静まり返っていた西陵側応援アルプスは異常な盛り上がりを見せているが、その場に到着した祐里を迎えた美緒と光、渚は驚きの表情を浮かべている
「ねえ祐里、これどういうこと?」
「竜也動けないんじゃないの? どうなってるの」
当然のように質問攻めだったが。祐里は目に涙を浮かべながら小さく笑みを浮かべていた。“あいつはほんとバカ”
ちょっと前まで歩くことすらままならなかった男と、6回を完全に封じ込めた佐々木労基の対決
唸りを上げたストレート、落差抜群のフォークをことごとく強振している竜也はとても怪我人とは思えないそれ
カウント2−2からきわどいファウルが5球続き、フォークを完全に見切ってからのフルカウント
根負けした佐々木労基が投じた11球目は完全に抜けてホアボールになり、“完全試合”は阻止された
それで竜也は打席上で大きく息を吐くと、天を少し見上げた
球審が1塁へ早く行きなさいと声をかけてきたので、竜也はすいません、動けないので臨時代走をお願いしますと言ってベンチに向かって×印を自ら送ったのだった