人生初の『失恋レストラン』を経験した竜也
直接振られたわけではないが、抜け殻状態に追い打ちとしか思えないそれに、神なんていないなーと改めて一人思っている
『もし本当に神なんてものが存在したとしても 今はもういないさ。 世界は運命を憎む人間で溢れ返ってるんだ』
普段なら絶対にしないであろう歩きスマホだったが、あまりの精神的苦痛に竜也は美緒に思わずLINEを飛ばすと、やがてすぐに通話がかかってくる
「ようやく連絡くれたね」
1週間しか経ってないはずの美緒の声だったが、なぜかとても懐かしく感じた
竜也は思わずごめんなとつぶやいてしまうと、美緒の優しいふふという声が届いている
「キミの気持ちはわかってるつもりだから。一人で責任感じなくていいんだよ」
いきなり慰められ、竜也は再びごめんと返してしまっているが、聞きたいことがあるんだけどいいか? とようやく伝えることができたが、ふふ、未悠ちゃんのことだね? と即座に見破られてしまい、竜也は言葉を再び失っている
「残念だけど、未悠ちゃんに彼氏が出来たのは本当の話だよ」
何でも、ジムで出会った男性と仲良くなっていたということらしい。『リコリス』を目指しているとかすっとぼけていたが、実際は何のことはなかったそれ
“杉浦が全然連絡くれないんだよね。ならもう遠慮しなくていいかな”
最後はあっけなかったよ、と美緒が小さく付け加えていた
「なあ俺に拳銃をくれないか、なんか死にたくなってきた」
竜也が思わずそうぼやくと、スマホの向こうで美緒がまたふふと笑っている。不思議な感覚で、美緒の笑顔が目の前にあるようにさえ感じる
「キミはさ、私との約束を守ろうと頑張ってくれたじゃないか」
美緒にそう言われたが、竜也はいや、3回戦負けだし。俺のせいだしと、いつものように自暴自棄に陥っている
「ったくホントキミって人は。私がその場に居れないのが悔しいし、悲しくなるよ」
美緒の口調が本気で悲しそうに感じたので、竜也はしまったと思い慰める羽目に
「祐里から竜也が腰をやっちゃったって聞いて。なのにあの日打席に入って。動けなくなるまで粘ってフォアボールを選んで頑張った人を、誰が責めるというんだろうね」
美緒に言われなくても、自分のその日出せる力は出し切ったというのは竜也はわかっている
優勝を果たせなかった。光と美緒との約束を破ってしまい、挙句間接的に浩臣に無茶を強いてケガを負わせるまでに至ったその過程がすべて気に入っていない、ただそれだけ
「光ちゃんの見送りでも言われたんでしょ? 決してキミのせいじゃない。光ちゃんは自分で決めて、旅立っていったんだからね。優勝したら取り消すと言ってたみたいだけど、本気で取り消すなら優勝関係なく行かないこともできたんだから」
言って、美緒は私も優勝したら函館に行くからって話してたんだったねと自嘲している。実は昨日、その話を蒸し返して両親に激怒されたと続けて
「今年の国体は千葉であるみたいだね。西陵が出場できることを祈ってるよ」
ごめん、これから部活なんだと言われ、通話は終了することに。いつでも連絡してくれていいからねと続けられたので、竜也は俺もいつでも出るようにするし、返信速くするからと返すと、美緒は期待しているよと言って、ふふと笑っていた
どうやら未悠の話はガチだったようだ。いいや、もうこっちからブロックしてしまえと竜也は連絡先から「松村」を消してしまう行動をとった
ふうと息をつきつつ、あ、昼飯買って帰らなきゃと思い、竜也は帰路を取り始める
コンビニでいいかと意識の低さを露呈しつつ、電車道路を進んでいる
土曜の日中のわりに、人通りが割と少ない。高校生も帰宅を済ませているのか、ほとんど見当たらない感じ
考えてみれば、俺も普段部活だからこんな時間に帰宅することなかったな、などと考えていると正面から一人の女子高生が歩いてきているのが見えた
函館屈指のお嬢様高校の制服のそれ。目の保養になりますなどと一瞬考えたが、どうも違和感を感じる
なんだこの違和感と考えつつ、ま、いいかと思い歩を進めてすれ違う時にそれに気づいた
『え、なんでこの子は牛丼食べてるの?』
そう、まさかの出来事。背が低めのJKが、なぜか牛丼(すき家のテイクアウト丼にしか見えない)を食べながら歩いていた
思わず噎せそうになったが、見なかったことにして竜也は素知らぬ顔でその少女の横をすり抜けている。後で祐里や美緒に教えてやろうと思いつつ
うわ。まじで牛丼食ってやがると思いつつ、すげえ美人じゃんと内心驚きながら歩を進めていると、少女のほうは竜也の顔を見て反応を示している
歩を止めた少女を気にせず竜也は腰痛ぇーと考えながら進んでいると、やがて「あの、西陵高校の杉浦選手ですよね?」と声が届いたので、おもむろに振り返る
声をかけられたのは生まれて初めてのこと(札幌ドームでのはいたずらなのでノーカウント)なので、へ? という感じでいつも以上の気の抜けた顔で竜也が振り返ると、少女は牛丼の丼を両手に抱えて驚きの表情を浮かべていた
「本物だー」
感嘆したようにそう言われるが、竜也はどう反応していいのかわからず硬直していた
とはいえ、“知り合い”ではないので、どうもという感じで小さく頭を下げその場を去ろうとすると、ちょっと待ってくださいと再び呼び止められる
「道予選のホームラン、感動しました!」
言いつつ、少女は丼をベンチに置くと鞄を急に漁り出す
立ち去れる空気ではなかったが、人様の鞄を除くわけにはいかないので竜也が手持無沙汰でスマホを取り出そうとしていると、やがて彼女は1冊の本を取り出している
“夏の甲子園出場選手名鑑”
あ、俺買うの忘れてた。一生の記念じゃんとか竜也が思っていると、少女はページをめくって『西陵高校』の場所を示している
「バンドやってるんですね。野球とバンドの二刀流とか凄いですね」
言った少女の目はとてもキラキラと輝いているが、なぜか表情は無表情と化している。あれ、この子どっかで会ったことあったっけ。なんか別の時空で会ったことがある気がする。シランケド(天皇賞上がり31.7でそれ4ism)
「いや、文化祭で歌っただけ。今年はもうやらんし」
初対面の人なのに、いつものぶっきらぼうな返しを思わずしてしまう。人見知りで正直スマンカッタ
「そうなんだ。せっかく文化祭見に行こうと思ったのに」
竜也の口調を受けてか、少女も砕けた口調になっている。バッヂが3年になっていたことに今更気づき、同い年だからタメ口で当たり前だよね、的な
「で、俺はその本にサインすればいいの?」
竜也は自らサインペンをなぜか取り出して見せると、少女はふふと笑みを浮かべて首を振っている
「いや、それはいいかな。けど、もう一つ見てほしいものがあるんだけどいい?」
いいよと竜也が言う前に、彼女はスカートのポケットからスマホを取り出すと何やら操作を行って、やがて一つの写真を見せてくる
「このボール。打った本人に渡したいんだけど、もう1回会ってもらえる?」
そこに写っていたのは、球場のスタンドでボールを持って真顔で自撮りをしている少女の姿だった