「これって札幌ドームだよな。マジであの時の?」
竜也が驚いた様子でそう呟くと、少女は無言でサムズアップポーズ。なぜか係員が来なかったので、そのまま持ち帰っちゃったと続けて頷いている
「私が持っているより、打った本人が持っていたほうがいいよなーってずっと思ってて。けど西陵に知り合いなんていないし、どうしようかなって考えてたらまさかの遭遇」
“振られた”直後に、“ナンパ”(違います)された気分だったが、この女子には悪意は一切感じない
むしろ牛丼を食べながら歩いているくらいだ、飾り気もないよななどと内心笑いそうになっている
「じゃあ、そこのカラオケで夜まで語ろうか?」
竜也がボケをかましてみると、少女は真顔のまま竜也を見上げている
「ええ、夕方までロビーで語りましょう」
完璧に返され、竜也は思わず帽子をとって頭を少し掻くと小さく頭を下げた
腰の状態があまりよくないから、それ治ってからでいい? と素で喋ると、少女は大丈夫? まだ治ってなかったんだと驚いた様子
テレビで甲子園見てたから、ケガしてたのは知ってたんだと言われ、だったな。あれ全国ネットだったわと今更実感する竜也
「じゃあ連絡先教えてくれる?」
少女のほうから言われるが、生憎インスタもFacebookもやっていないし、Twitterは知り合いに教えたくないという竜也
LINEならと返すと、少女は一瞬思案した様子だったが、ほとんど使ってないけどいいよと言ってQRコードを示してくれた
りょという感じで竜也がそれを拾い、登録してから気づいた。あ、名前訊いてねえ
「名前訊いていい?」
竜也がそう問うと、少女はまたなぜか思案気な様子
「知らない人に名前教えちゃいけないってパパとママに言われてるんで」
ボケなのかマジなのか返答に困り、竜也が呆然としていると少女は目元に満面の笑みを浮かべている
「梨華。種崎梨華だよ。よろしくね、杉浦」
夕方、竜也は自分のスマホの画像を見て一人感慨に耽っている
そこに写っているのは昼に撮った梨華との2ショ
2ショットをお願いされ、断る気になれなかったのでやってしまったそれ。お互い無表情真顔でそれぞれ写っているそれは、もうなんだこれ状態である
最初は牛丼食べて歩いている変な女としか思ってなかったのに、向こうはこちらを知っていてしかもホームランボールを拾った当人という恐ろしい偶然
さらにデジャヴとでもいうのか、どこか親近感のような初めて会った気さえしないという不思議な感覚
閑話休題、そろそろ部活終わったことかなどと考え、いい加減祐里にも連絡しなきゃだなという思いがあった
最近はクラスですらほとんど喋らなくなっている現状。祐里は気にした様子を見せていないが、もしかしたら未悠のようにハイお別れです、バイバイな未来がないとはいえないわけで
とはいえ、急に普通に連絡していいのかという思いもあった。勝手に一人で思い悩んで、ハイ解決しました。これからまたよろしく、というのは許されるのかみたいな
“牛丼食ってた美少女のネタを使うか”
竜也の脳裏に梨華の顔が浮かび、さり気にそれを送ってみることにした
『今日の帰りさ、牛丼食べながら歩いている美人とすれ違った』
我ながら、文章に起こすと変だわ。ありえねえって思いつつ、竜也は同様の文章を美緒にも送っている
光にも送ろうかと考えたが、時差の兼ね合いで今が送って大丈夫なのかがわからなかったので自重していたが
やがて美緒からはすぐ返事が返ってきた
『楽しそうだね。今日は何のゲームをしてたのかな? 玉子からいやらしいゲームでも借りたのかい』
酷い言い草で思わず竜也が噎せていると、すぐにまた別の着信
祐里からの通話だった。今まで未読スルーしまくっていたのに、こうやってすぐ通話をかけてくれる対応はとてもありがたい。まあお別れの挨拶かもしれんけどなどと、一人竜也は考えてしまい逡巡したが、通話を受けることに
「竜、大丈夫? 腰が痛すぎて幻覚でも見えた?」
言って、祐里はアハハといつものように笑っているので竜也は内心一安心。普段通りで大丈夫そうだなと考え、同じように笑っている
「松村に振られてさ、死にたいわって思ってたから夢だったかもな」
竜也はさらっとそう言うと、祐里の声のテンションが急に変わった
「...大丈夫? 今からそっちに行こうか?」
心配そうに聞こえるトーンだったので、竜也は大丈夫だぞと返すが祐里はそれに応じない
今ちょうど電停から歩いてるとこだから、すぐに行くわと続けて来たので竜也は返答に困っている
「私も知らされてたから知ってたんだけどさ、さすがに触れられないよなーって」
電話口の祐里のテンションが下がってきたので、竜也はしくったなーという思い
「今の自分が許せないなら、新しい自分に変わればいいじゃん。まだ西陵野球部の試合は残ってるぞ」
テンションが下がったまま祐里はそう続けて話すと、アハハと小さくまた笑う。そして同時にチャイムが鳴るので竜也は驚く
「もう来たのかよ」
竜也は思わずそう呟きつつ、慌てて階段を駆け下りる
来ちゃったとすっとぼけている祐里は、いつも通りのそれに見えた
部活帰りとは思えない、疲れた感じを一切見せない姿
「もう私は引継ぎしてるだけだからさ、大変なのは他の子たちだよ」
場所をいつものラッピではなく、サイゼリヤに移している
竜也が病院と甲子園の土産で金がないとふざけて言ったところ、祐里がじゃあサイゼリヤねと即答しての行動
「ってまだ試合残ってるって?」
竜也がそう訊くと、祐里はそっと目を合わせつつ小さく頷いている
「国体、決まったって。けど新チームも始まってるから、メンバーは3年生中心になるって監督が言ってたさ」
そういうことか。竜也は理解して小さく頷いていた