戻る
back
next
そういえば、と竜也は改めて前置きして身仕舞を直すと、祐里はキョトンとした様子だったので、竜也は言葉を続けることに

「怒ってないん? ずっと未読だったし、ほとんど最近生返事しかしてなかったからさ」
神妙な感じでそう呟くと、祐里は目線をしっかり合わせて小さく首を振って見せる

「落ち込まないほうがおかしいんだって。あんたはやれることは全部やったし、光の見送りでは毅然としてたしね」

§


甲子園敗退後、帰函してその翌日に光は渡仏
腰はもちろん治っていない状態だったが、竜也は祐里とともに空港へ向かっていた

内心合わせる顔がないとは思っていたが、あえて感情を押し殺していつもの“杉浦竜也”を演じることに

祐里は思わず泣いてしまい、光はもらい泣き状態でお互いに感極まっていたが、竜也はクールな表情を崩さなかった

「次に会えるのは...卒業式かな」
光が涙目のままそう告げると、祐里はすぐに嫌だよと言ってしまっている。2年半、歓喜と苦難を共にした盟友で親友の2人
唐突に訪れた別れ...俺がもうちょっと頑張ってれば、先延ばしにできたんだよなあと自己嫌悪に陥りそうになっているのに気づいたのか、光はぽんと竜也の右肩を叩いている

「竜ちゃん、甲子園カッコよかった。歩けない状態なのに打席に入って。フォアボール選んで、何としても“アレ”しようとしてくれたんだから、私は嬉しかったよ」

そう言った光の目は、涙こそ滲んでいるが澄みきっていて心の底からの本心といった感じに見受けられるそれ
腐った性根のまま見送るとこだったと内心反省し、あくまでいつもの竜也として見送ってやろうと改めて思いなおしていた

「光がいなくなっちゃうから、文化祭で歌わなくて済むのが残念だわ」
微妙な言い回しで竜也がそう話すと、光はふふといつもの笑みを浮かべている。美緒ちゃんもいないしね、と続けて
それで祐里も、今年は無理だわ。こいつとなんか美味しいものでも探して歩くよと言ってあははと笑っている

「祐里、見損なったわ。私と美緒ちゃんが留守なのをいいことに竜ちゃんを奪うのね」
光がそう茶化すと、竜也は俺は光を待ってるからなと言って必殺の拳王ポーズを決めて見せるので、祐里はまたあははと笑って竜也を小突く

「こいつ友達いないからさ。私が文化祭一緒にいてやらないと、さぼって家に帰るのの目に見えてるじゃない」
容赦なくぶった切ると、光はその通りねとすぐ返し、竜也もドヤ顔で力強く頷いている状態
あんた、褒められてないからねと祐里に諭され、竜也は知ってるぞとまさかの即答すると光はふふ、やるわねと言ってサムズアップポーズ

湿っぽい空気はいずこへという感じで、いつもの3人の空気に変わり、にこやかに見送ることができた

「そういえば、成田には美緒ちゃんが見送りに来てくれるんだって。いいよって断ったんだけどね」
さもあらんと竜也は思い、一人内心苦笑している。美緒らしいや、と

甲子園、勝ち進んでいるときは“出待ち”をしてくれていたが、負けた日は姿を見せなかった(竜也が負傷しているということもあったのだろうけど)
そっとLINEで、残念だったねと一言だけ送ってくれる心配り。あ、それは光も同じだったな

いやー育ちのいい人って、ほんとにいいものですね(水野晴郎ism)


閑話休題

「怒るとしたら、死にたいとか言ったことだよ。ああいうのは冗談でも駄目だからね」
祐里の視線が急に鋭くなったので、竜也は思わず左手で頭を掻いている。いや、それくらい落ち込みそうになったってことだと言い訳

「過去形なんだ。とにかく引きずるあんたにしては珍しいね」
祐里が茶化すと、竜也は勘弁してという感じで首を振っている。否めないけどさ、今それ言うなって話

「あはは。じゃあやめるわ。あとなんだっけね、牛丼を食べながら歩く美人の話を聞かせてもらおっかな」
どうやら祐里は信じてくれているらしい
美緒はゲームの話だと思って流されたんだよなと竜也がぼやくと、祐里は珍しいねと返している

「美緒は竜也の言うことは疑わないのにね。ちょっと意外だった」
言いつつ、まあ私もこいつ大丈夫かなと思ったんだよと続けるので、竜也はマジなのにと小さく呟いている

「遺藍の生徒だった。俺も一瞬目を疑ったよ」
言って竜也がコーラを痛飲していると、祐里はあり得ないっしょそれっという表情

「恒星ならまだしも、遺藍はないわー。普段のあんたならもっとキレのいい冗談言うのにね」
祐里がそうぼやいたので、竜也はスマホを操作して画面を見せることに

「ほれ、証拠」
そこに写っているのは、真顔と無表情の竜也と梨華の姿。ベンチに牛丼の丼が小さく見えるそれを見て、祐里は呆気にとられた様子

「って、なんで2ショ撮ってるのさ。松村に振られたとか言っといて、もう別の彼女作ってるし」
呆れた口調で、やれやれとした感じの祐里に対し、竜也は酷い言い草だと思いつつ苦笑している。確かに何で2ショという感じはするけれども

「西陵野球部のファンなんだってさ。やばいぞこの子。俺のサヨナラホームランのボール持ってるって言ってたし」
言って、またスマホを捜査して見せたのは、スコアボードとともにボールを持って真顔一直線の梨華の画像(送ってもらいました)

祐里はそれを見て、え、やばくね?と思わず呟いている。ボールは回収されるというのは、当然祐里も知っているわけで
うん、俺も最初訊いた時は何言ってるのこの人って思ったぞと追従したので、祐里はああねと反応している

「よかったじゃん。新しい彼女出来て。おめでとうね」
どうも祐里は気に入らないらしく不貞腐れ始めていたので、竜也は梨華に会った時のことを話してみることにした

「何かさ、初めて会った気がしなかったんだよな。なんか別の時空で知り合いだったみたいな」
訊いて、祐里は一瞬きょとんとした様子だったが、やがていつものようにあははと笑みを浮かべる

「あんたね、アニメの見過ぎだよそれ」
容赦なくぶった切りつつ、もう1回見せてと言って梨華の画像をまじまじと祐里は見ている

「...竜の言いたいことわかった気がする。なんだろうね、この感覚」
話してみればもっと不思議な感覚になるぞと竜也に言われると、祐里は友達になれそうだよねと同意を示しているが、あっという感じで、何かを思い出したかのように竜也の目をしっかりと見据えた

「明日。朝9時に学校ね、8時40分に迎えに行くから」
おい、待て。明日は日曜だぞという竜也の言葉を完全シャットアウト。無慈悲な決定に竜也がまた美緒に助けを求める電話をしようとしているのを見て、祐里はあははと笑っていた