「杉浦竜也とは絶交だね。キミはもう絶版だ」
入浴後、美緒から通話がかかってきて応じた直後、竜也は最後通告を受けている
「代打オレは絶対にダメとあれだけ釘を刺していたのに、ホントキミってやつは」
竜也が浩臣に必ず申告敬遠だからと言われたんだから、絶対に打席に入ることはなかったんだよと伝えているが、美緒はひたすら“キミは絶版だ”と繰り返している
「試合に勝つためには仕方なかったんだよ。あくまでチーム本位だから」
竜也が苦笑しながらそう返すと、美緒は急にいつものようにふふという笑み
「それでこそ竜也だ。安心したよ」
さっきまでの絶版連呼が嘘のように、普段の美緒に戻っている。実はまだ怒ってるんだけどと続けていたので、思わずごめんと謝ってしまっているが
「で、体調はどうなの。昨日よりはいい感じ?」
訊かれ、竜也はわからんと素で返している。一進一退を繰り返してる感じで、国体のメンバー入りすらわからないレベル
悪くなってはいないはずだが、全然光明も見えてきていないわけで
「ただ、野球は楽しいわ。それは思い出せた」
1週間弱プロ野球の試合すら見るのすら拒否していたのに、グラウンドにいるだけで絶対に負けたくないという気持ちになれたのは朗報なのかも知れない
「光ちゃんには連絡したの?」
美緒にそう訊かれ、竜也はんにゃとすぐに否定する。時差がいまいちわからなくてなと素で返すと、8時間だよ、前も教えたはずだけどと返され言葉が出ない
ちょっくら優勝してきますという大口が不発に終わり、光を旅立たせてしまった責任、どうしても拭い去れない強い思いがある
何を話せばいいんだろ、的な
「竜也らしいよ。けどね、一つだけ私からアドバイス」
美緒がそう告げるので、竜也は清聴することにする
「光ちゃん、寂しがってるよ。“竜ちゃんに連絡していいと思う?”って私に連絡してきたくらいにはね。祐里じゃなく私にだよ?」
美緒と光が『友達の友達』を強調している関係なのは竜也は百も承知している。“戦友”でこそあれ、竜也と祐里ほどは、美緒と打ち解けていないはず
「今8時半か。向こうだとちょうどお昼だし、なら電話してみるか」
竜也が思わずそう呟くと、ふふ、なら私は切るねと美緒は通話を終了してくれている
ホント申し訳ないとしか言えない関係、あとで詫びLINEと実はもう1冊買った選手名鑑(サイン入り)を郵送させてもらいます
返す刀で光に通話を申し込んでみることに
妙に緊張しながら(そういえば俺からかけたことなかった気がする)それを行うと、やがてすぐに光が応じてくれている
「Buenas tardes」
竜也が照れ隠しでひどいスペイン語で挨拶すると、スマホの向こうでは光がふふふと笑い返してくれた
「Bonjour、だよ」
すでに完璧な発音にしか聞こえないそれで返され、竜也は小さく笑いながら久しぶりと返す。1週間ぶりの会話だが、どうやらいつも通りの感じで行けそうと竜也は内心ほっとしている
「代打オレ」
光がそっと呟いている。祐里から聞いたよと続けられ、竜也は思わず苦笑い
「打席にすら立ってないって。あくまで“アヤ”だから」
竜也がそう返すと、光はふふと笑っている
「早く治してね。竜ちゃんが打席に入らない西陵野球部なんて、私と美緒ちゃんがいない『LOS INGOBERNABLES de 西陵』より無価値なんだから」
光らしからぬわかりにくい例えだが、確かにそれは無価値だわなという思いもあった。俺と祐里なだけなら、ただの幼馴染でしかないしね。文化祭で焼きそばとフランクフルト食べておしまい
「そういえば国体出場おめでとう」
祝福され竜也は素直にありがとうと返したが、出れるかわかんねーわと素で続けている。ベンチ枠減るし、怪我人帯同する余裕ないだろうし
「伊藤くんも出れるかわからないんだってね。けど本人は出る気満々だって祐里から聞いてるよ」
言って、ほんと竜ちゃんはすぐ弱気になるんだからとやれやれ感満載で光が話しているのを聞いて、否めないと思いまた竜也は一人苦笑している
「諦めなければ光は見えてくるんでしょ? 絶対に諦めないで。12チームだからあと4つ勝てば“全国制覇”なんだよ」
深紅の大優勝旗を手にできるわけではなく、旅立ってしまった光、戻ってくるための活力にしたがっていた美緒のためになるわけでもないが
「だったな。“ちょっくら優勝してきます”。光との約束を今度こそ果たしてくるわ」
言ってのけた。言ってやった。二度も裏切るわけにはいかない...そのためには、まず治さないと。話はそれから
「それでこそ竜ちゃんよ」
光の声のトーンが弾んでいるのを受け、竜也は言ってよかったと感じている。2度も期待を裏切るわけにはいかないので、プレッシャーがきつく退路は断たれているが
「聞いたよ。竜ちゃんが立ち直った原因の美人さんの話」
ホント祐里は何でも喋ってるんだなと感心していると、光の声のトーンが急に下がっているのに気づく
「ホント竜ちゃんは浮気性ね。私がいなくなると、もう違う女を好きになっちゃうんだから」
酷い言いがかりだった。美緒といい光といい、通話だと好き放題弄ってくるのは勘弁してほしいところ
「ねえ、通話終わった後で写真送ってもらえる? 写真嫌いの竜ちゃんが撮った2ショ見てみたいのよ」
そう、竜也が極度の写真嫌いなのは光はもちろんよく知っている。絶対に写真を撮らせないし、撮ってる場面に混ざろうともしない。むしろカメラマンを買って出るくらいのレベルで
「いいけどさ、俺の写真なんていらないだろ。その子の部分だけトリミングして送るよ」
竜也がそう言うと光の声のトーンはさらに下がり、今まで聞いたことのないレベルのそれに変わる
「杉浦くん、あなたとは絶交よ。もう二度と口を利かないでね」
冗談には聞こえない口調で本日二回目の最後通告が飛んできた。しかし、なぜか即座に切られることはなく“謝罪”を受け付ける余地を与えてくれている雰囲気は感じられているので、正直スマンカッタで様子を窺ってみると、ふふと笑い声が漏れてきたので生き延びた感が竜也の心を支配している
「あのね、前言ったと思うけど。私はあなたのファンなんだよ? その私が画像送ってと言ってるんだから、素直に送ってくれれば済む話じゃない」
まさにセイロンティーすぎる正論だった。自分の画像を送るのが照れ臭いがための発言でしたと素直に告げたところ、光はわかってるよと即座に返してまた小さく笑っていた