「伊藤と杉浦は試合に出られなくても連れて行くつもりだったぞ」
開口そうそう渡島にそう言われ、竜也は思わず頭を下げている
国体に権威がないのか、出場辞退する選手が多くて大変だと渡島は続けている
「で、メンバー18人は決まったのか?」
唐突に渡島がそう振って来たので、竜也は思わず噎せている。いや、決めるのは監督の仕事ですがと突っ込みたかったが、さすがにできないそれ
「進藤から聞いてるぞ。授業中上の空でメンバーを考えている奴がいたってな」
まさかの密告だった。つか席離れてるのに何で知っているんですかね
とはいえ話は早いので、一応“僕の考える最強の18人”を提案している
静かに訊いていた渡島だったが、すぐに不敵な笑みを浮かべて頷いていた
「貴崎のことなら心配するな。あいつは“杉浦さんが出るなら俺を国体に選んでください”って言ってたからな」
一緒に二遊間組んだことがないので、最後に国体でお願いしますと言ってたぞと続けられ、俺セカンドで大丈夫ですか? 守備練ずっとしてないですけどと苦笑する羽目に
「どこの誰かは忘れたが、入部初日に外野とファーストは出来ませんって言ったやつがいたって話を聞いてたがな」
今度は仲村の密告だった。ホントクソ生意気な1年生で正直スマンカッタ(佐々木健介ism)
「小沢はさっきカステラを持ってきてメンバー入りを志願していたし、中島も問題なかろう。新チームのショートは岡田にやらせておく」
まさかの全採用? と竜也が苦笑していると、渡島は胸ポケットからメモ帳を取り出して竜也に手渡してくる
拝見します、という感じで竜也がそれに目を通すと、奇跡の全被りだった。正確には17人が被りで、中島のところが万田になっていたのだが
「なあ杉浦、地下ってなんだ?」
地下に参加するので2人の選手が辞退したというのが、渡島にとっては謎すぎることらしい。竜也も詳しく知っているわけではない(キングオブアンダーグラウンドと揶揄ってはいたけれど)ので、なんなんでしょうねと首を傾げてアピール
「杉浦が中島を推薦するのは意外だったな」
渡島に言われ、岡田の代わりの内野を考えるとほぼ一択でしたと即答している。紅白戦の1プレイに度肝を抜かれたのもあるし、それ以上に
「あのハートは今の西陵に一番必要じゃないでしょうか。伊藤くんほぼ不在でチームの士気が下がりがちになりそうですし」
竜也がそう話すと、渡島は小さく頷いている。まあ内野が薄すぎるから、とにかく1枚でも増やしたいというのが大前提なのだけれども
「そういう杉浦は大丈夫なのか? 腰は治ったらしいが、庇いすぎで違う箇所を怪我したら元の木阿弥だぞ」
さすがの見識に竜也は内心舌を巻いている。腰の違和感は消えたが、今度はもともと持病を抱える左足首に怪しい気配を感じ始めていたので
「3試合、多くても4試合ですから。何とかします」
§
「貴崎、お前は国体センターに入れ」
竜也は練習に加わらず下校し(渡島の指示)、早速竜路に声をかけている
さり気に国体への選出も発表していることに驚きつつ、本職じゃない外野、しかもセンターでの起用を明言されて竜路は戸惑いを隠せない様子
「センターから、杉浦の脚の動き、守備の動きを勉強しろ」
渡島の意図はわかったが、そもそも外野なんて数試合しかやったことないのにと竜路は考えていた
§
引継ぎがあるからと祐里に一緒の帰宅を断られ、竜也はのんびりと一人で坂を下りて帰路を進んでいると不意に後ろから声がかかる
「杉浦じゃん。帰りか?」
ん? という感じで竜也が振り返ると、そこに立っていたのは偽名千葉安理こと変態玉子だったので、じゃあなという感じで竜也はそのまま帰路を急ぐことに
おい、なんで逃げるんだと安理がついてくるが、竜也は玉子と話してると美緒に絶版されてしまうからなと言って断固拒否の姿勢を崩さず、黙って下級生をクリアしながら帰ってくれと冷たい態度をとっている
「いや、下級生リメイクはPCじゃないと出来ないだろ」
マジレスで安理が返すが、竜也は歩を止める気配がない。つか玉子、お前バスだろ。俺電車だしと返され、安理は返す言葉を失っている
「電車に間に合わなかったら面倒だからな」
取って繕ったような言い訳を続けられ、安理は追撃を諦めている。竜也は単に一人で帰りたい気分だっただけなので、うまくいったと内心ほくそ笑んでいる
実際、坂を下りた(バス停は坂の途中にある)直後に同じく下校中だった松山や本郷にも声を掛けられたが、竜也は軽く右手を上げただけで去っている
普段は祐里と登下校してることがほとんどなので、たまには一人の時間を堪能したいというのが本音。まあ市電乗れば乗客たくさんいるんだけれど
幸い電車の中には知り合いは見当たらず、竜也はイヤホンで曲を聴きながら一人で下校することに成功している
たまにはゆっくりスマホを無駄に眺めているのもいいと思います
電停で降り、あとは徒歩で帰るだけ
基本的に寄り道が嫌いなので、まっすぐ家路へ向かう
他校の生徒とたくさんすれ違うが、もちろん声を掛けられることなど皆無。先日の梨華の件は本当に偶然、そして奇跡的だったんだなと実感している
そのまま歩を進めているとまた遺藍の制服のシルエットが見えてくるが、竜也は特に気にもせず横をすり抜けようとする
「あれ杉浦じゃん、今帰りか」
つい先日聞いたような声がしたので竜也が振り返ると、その遺藍の生徒は種崎梨華だった。無視するとか酷いなと続けられたので、牛丼食ってないから気づかなかったととっさに返している
ほとんど人の顔見ないから気づかなかっただけなんですけど
「毎日牛丼食べて歩いてるわけないじゃん。つかあの時初めてだし」
梨華が真顔で返してくる。立ち話もなんだし、どっか寄る? と言いかけるが、ナンパみたいだなこれと思い竜也は自重してそのまま会話を続行することを選ぶ
「あれ、今日はホテルに誘わないんだ。“隣のホテルで朝まで語り明かそうか”ってこないだ言ってくれたのは遊びだったんだね」
夕方の街中で、とんでもないことを言うなこの子という感じで竜也は思わず苦笑し吹いてしまう。それを見て梨華は、あれ違ったっけと真顔ですっとぼけている
「あの時誘ったのはカラオケだし。なんか改めて誘うとナンパみたいで嫌だからやめた」
竜也は思わず素で返してしまい、彼氏いたらいろいろまずいだろと取ってつけた言い訳でその場を濁している。こんな美人なんだし、いないわけないだろ的な
「寿司でも焼肉でもご馳走してくれればいくらでもナンパしていいのに」
涼しい真顔でとんでもないことを口走っている梨華に対し、竜也は思わず頭を掻いている。寿司はともかく、なんか飲みながら話す? 的に誘いを改めてかけてみると梨華は素直に頷いている
「まだ夕方だからね。ビールはまだ早いよ」
表情一切変えずに、ひたすらぼけ倒してくる梨華を見て、こいつ手ごわいわと竜也は内心舌を巻いていた