梨華の希望により、スタバでの会合となった
自分から誘っておいて、コーヒーはあまり好きじゃないとぶちかましてティーラテを頼む梨華に竜也は脱帽している
いちいち面白いなこの子と感じつつ、自身はフラペチーノを注文
「何回来ても呪文みたいで慣れねえわ」
竜也がやれやれという感じで呟くと、梨華はちっちっと自身の顔の前で右の人差し指を振ってみせる
「ドヤ顔でかませばいいのよ、どうせ店員なんていちいち気にしてないからね」
周囲は高校生や、その他学生、社会人などで溢れている
もちろんカップルもたくさんいる中、竜也と梨華もその一部に同化している
「けど2回も帰りに会う偶然って凄いよね。いつも電車なの?」
梨華に訊かれ、竜也は首を振ってそれを否定している
「チャリの時もあるし、友達の親に送ってもらう時もあるわ。基本は電車だけど」
いいね、私は歩きだよ。まあ家近いんだけどさと梨華のアンサー。ラテを飲みつつ、表情は一切変えず真顔のまま。ホントこの子の感情は読み取れんと思いつつ、竜也もフラペチーノを口にしている
「まあ私から誘ったんだけどさ、特に用事はないんだけどね」
真顔のまま容赦ない梨華だったが、竜也は少し感慨深いものがあった
もう2度と会うことも、話すこともないだろうと思っていた人と偶然会えたわけで。そんな状況でも、“お茶”すら誘えないのがまさに竜也クオリティ
「てっきりカラオケ誘ってくると思ったのに。名鑑にカラオケ大好きって書いてあったんだから」
言って、梨華はバックを開けてまた本を取り出しているが、前回の名鑑と違って小サイズの名鑑だったから恐れ入る次第。え、そのバージョンもあったんだと思わず竜也は内心驚いている。うちの売店にはなかったなと
「そういえばあの時貰った名鑑笑ったよ。わざわざ全員分サイン入れてあるんだから」
言って、梨華はまた西陵のページを開いてみせると、サインペンを竜也に手渡して「杉浦竜也」の写真の場所にサインを要求している
何でまたサインと思いつつ、竜也は無駄に手慣れたサインを書いている
梨華はそれを見て、どういう意味なのそれとまさかのツッコミを入れてくる
「“了解、行くぞ。もっと人生を楽しめ”みたいな。なんかカッコイイじゃん」
カッコつけてるわりに語彙力のなさを露呈しているが、本人はご満悦な様子なので梨華も納得したように頷いている。つか、なんで一般人がサイン持ってるの? というツッコミも込みだったが
「大体自分の名前を崩して書いてるだけなのにさ、あんたと伊藤はしっかりとしたサイン書いてるし、もう一人意味わからない英語書いてる人いたよね」
梨華は案の定“千葉安理”の場所を指差している。確かに、と思った竜也は小さく笑みを浮かべて頷いて同意を示す
そういえば、という感じで梨華が不意に竜也のほうを見るので、んという感じで竜也も梨華のほうに視線を向ける
「決勝戦のあれ凄かったね」
あぁ、ホームランのことかと思いつつ、前も話さなかったけなと竜也が感じていると、梨華は静かに続けている
「“世界が終るまでは 離れることはない”」
突然梨華が曲を口ずさみだしたので、竜也はまたしても、ん?という表情
「打席に入る前にさ、西陵側が一体になってあんたを応援するように歌を歌ってたよね」
あぁ、あれか。とようやく竜也は状況を把握して、また頷いている。球場がまさに自分のための空間になった、あの光景は今でも鮮やかに思い出せる
「実はね、あの時最初に歌ったの私かも」
梨華は真顔のままそう告げるので、竜也は思わず苦笑する。いや、さすがにそれはないでしょみたいな
「私が口ずさみだしたらさ、周囲の人も歌い始めて。気づいたらレフトスタンドから三塁側まで波及してさ。凄いなって思ってたのに、もっとすごいものを見せられたんだから」
言って、梨華はカキーンと揶揄して微笑んでいる。あれは一世一代の大仕事だったからという自負もあるが、もう二度と打てないわなという思いもある
「そうなんだ。ならお礼しないといけないな」
形ばかりの御上を申し上げてみると、梨華は期待通り被りを振っている。私なんてなんもしてないよと続けて来たので、竜也はさすがタネキと煽てている
「ってタネキって何よ。私はあんたのお姉ちゃんじゃねえわ」
真顔のままの梨華だったが、目元にようやく笑みが漏れてきていたように見える
打ち解けて来たのか、適当な会話が弾みだしている。やっぱりつい最近会ったばかりとは思えない雰囲気と感覚を覚えている
「何かさ、初めて二人でスタバ来たって気がしないんだよな」
竜也がぼそっとそう呟くが、梨華の視線は別の方向へ向いている
「あれ、杉浦じゃん。何してるの」
梨華の視線と呼ばれた声の方角が一致したので、竜也もそちらに視線を向けるとそこには制服姿の水木渚の姿があった。実は制服姿を見るのは初めてかも知れない
「ってごめん、デート中だったか」
梨華のほうを見てチラッと笑うと、渚すぐに立ち去ろうとしたので竜也と梨華は思わずすぐにハモって引き留めている
「デートじゃねーし」
「デートしてるつもりなかったわ」
まさかのハモりに渚は破顔。あんたら面白いねと言いつつ、同席していいの? と態度を変えている
買い物帰りに通ったら、見知った顔見つけただけなんだよという渚。完全な初対面となる梨華だったが、なぜかウエルカムな気配を醸し出しているし、陽キャの渚だけに、はじめましてでも怖いものはないのだろう。シランケド
梨華と渚は自己紹介を終え、竜也はそれぞれ“友達”という関係と伝えている
「え、私杉浦の友達だったんだ」
互いにそう言われ、竜也は思わず帰っていいですかと口走っている。“消えてしまいたい”(後藤洋央紀ism)
各学校の一軍女子(と思われる)と陰キャが真っ向勝負で対峙しようとしているのが間違いなわけで、場違い感がぱないと自負できる空間
助けてください! 助けてください!とセカチュウにすがりたいくらいの心境に追い込まれている
「杉浦帰ったら意味ないじゃん。私たち完全な他人なんだから」
「光呼ぼうか? フランスからだから明日まで着かないけど」
なんだかんだで引き留め入りました。いてもいいなら、もう少し優しくしてほしいんですが
「ね、こいつ面白いでしょ? 野球してる時と普段だともう別人でさ」
渚は何事もなくそう話しかけると、梨華は真顔のまま頷いている。いや、やっぱり俺お邪魔無視じゃないですかねと思っている竜也は、話に混ざることもできずにフラペチーノを飲んでいるだけ
梨華と渚の会話は盛り上がっていて、疎外感すら覚える状況。じゃあこのまま帰っちゃおうか的に竜也が席を立とうとした瞬間、都合がよすぎるタイミングでスマホに着信があった
「悪い、電話だわ」
言って、竜也はそのまま帰るわな雰囲気を醸し出して離れることに成功している
「危ないとこだったね。このままだとアウェイ地獄でキミは陰地獄で死んでたかも」
なぜか状況を完全に把握していた美緒からの助け舟。いつから魔法を使えるようになったんだと竜也が突っ込むが、美緒はいつものようにふふと笑ってそれを流すだけだった