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準決勝
因縁の相手の試合だが、西陵ナインに気負いは感じられない
相手のエース佐々木労基が欠場していることもあるが、西陵も絶対的エース伊藤浩臣を欠いているので五分五分といえる

当日朝、竜也は美緒からLINEを送られてきていた

“応援に行くからね。けど決して無理はしちゃだめだよ”

足首に異変があることは伝えているからこその美緒からのメッセージ。ホント心配ばかりかけてごめんという感じだったが、まだまだ暑い中応援まで恐れ入りますという思いもあった
まばらな観客の中だから、試合中に美緒の姿にも気づくだろうなと。まあヒットを打って恩返しします

バスの中、浩臣は手持ち無沙汰にボールでお手玉のようなことをしている
「ヒマー。1イニングでも投げたいわ」

ブルペンで力を入れても反動はなくなってダメージはないんだけどな、と言っていたが本人的に球筋が気に入らないと続けている

「大差ついたら打者一人くらい投げればいいじゃん。んで決勝は1イニング抑えて胴上げ投手」
まるで他人事のように隣の竜也が呟いている。例によってスマホを操作して、一人ニヤニヤしている不気味な様子

「まーた彼女とLINEか。今日はどこのどいつだ」
浩臣が茶化すと、竜也は表情一つ変えずにサムズアップポーズを示してその茶化しを否定すらしていない

「いや、Twitter見たら万田ちゃんと那間ニイが地下を堪能してチェキツイートを大量に上げているの見て笑っちゃっただけなんだけど」
言って竜也が画面を見せると、浩臣も思わず吹いている。楽しそうだなこいつら、と続けて

「しかし俺もだけど竜、お前も全然緊張してないんだな」
浩臣に訊かれ、竜也はニヤリと笑みをニヤリと笑みを浮かべてみせる

「試合に無事出られているだけで十分だからさ。勝った負けた、そんな小さなことで俺は野球やってないから」
いつもの決め台詞まで披露してみせる竜也に対し、浩臣は参りましたという感じで脱帽ポーズで返していた


試合が開始している
セカンドでスタメンになった竜也は、足首の違和感を一切感じさせない華麗なプレイで相手の攻撃を封じている

「あんたがヒット打ったりいい守備したりすれば、箔が付くだろう? そういう選手だ。俺はそこを目指しとんだ」
絶妙な“コンビ”で併殺を成立させた中島がそう賛辞を送っているが、竜也は真顔でサムズアップポーズを返すだけ
それを受け、クールだぜと中島はこぶしを回すパフォーマンスで感銘を受けている

裏の攻撃でもあっさりと四球を選んで、相手の“完全試合”リベンジをあっさり阻止してみせ西陵ベンチに行けるぞの空気をさらに増幅させている

「ネタで言ってたんだが、マジであいつ悪魔に魂売ってないか?」
ベンチで浩臣が思わず呟くと、レガースを外しながら千原が豪放に笑っている

「俺からするとお前も大概だけどな。自責点0のミスターパーフェクトじゃねえか」
逆に茶化され浩臣は思わず苦笑してると、ベンチから一斉に笑い声が上がっている


妙な盛り上がりを見せている西陵ベンチに戸惑いつつ、竜也は竜路に目線で合図を送っている
“エンドラン”
ベンチからの指示ではなく、竜也のアイデア

まさか初球から仕掛けてくるとは思わないであろうこその作戦、ほぼスタートを切ったことがないのは相手のデータにもあるわけで、牽制すらなくノーマークでのランエンドヒット、竜路がスイングしなくてもセーフになったレベルの好スタートからの一二塁間を完璧に抜くヒットで、初回から無死一、三塁の大チャンス到来

「マジであいつは何なんだよ」
またベンチで浩臣がそう呟きつつ、下を向いてくくくと笑っている。悪魔に魂だけじゃなく、全て捧げてるんじゃねえのかと内心思いつつ

「孝之、いい加減決めて男になってこい。ここで打たなきゃヘタレと呼ぶぞ」
ネクストの千原に揶揄されつつ、3番に抜擢された高井が打席に向かっている
ベンチからはカランダガン! だの、レガシーワールド!だの温かい声援が届けられている中、打席に入った高井は気合満々

またも初球から竜路がスタートを決めた最中、孝之は投球を完全に捉え打球は高々と舞い上がっていく
“確信歩き”をしてみせる高井だったが、打球は無情にもポールの外でファール

持ってない感満載だったが、結局フルカウントからきっちり犠飛を打ち上げ、辛うじて漢を守ることに成功している

「もう、しょうがないなあ孝之は」
千原はネクストから打席に向かいつつ、そう嘯いている
代わりにネクストに向かってきた中島に対し、漢の生きざまみせてやるわとレフトスタンドに視線を向けている

「さすが大将。クールだぜ」
千原を見送りつつ、中島はこぶしを回しているが、1塁ランナーの竜路を見て不敵な笑みを浮かべている、いいから走れよ、お前ならできるだろと

「よう、悪霊使い。いいスタートだったぞ」
ベンチに戻った竜也を浩臣がそう揶揄している。悪魔に魂を売った男から、悪霊使いへと進化を遂げているが、竜也は無表情のまま浩臣とグータッチをしている

「打てるボール何も来なかった。立ってただけでつまらんから勝手にエンドランしちまったわ」
言って、竜也は事後承諾のように渡島にお詫び行脚をしている

「結果オーライは許されんぞ。そんなに相手投手のモーション大きかったのか」
試合前のミーティングで、クイックは速くないという話は確かにあった。しかしまさか、それを失念していたとも言えずに盗塁は行けると思います、と付け加えている

渡島に報告を終え、再び浩臣の隣に座ろうとした瞬間だった

カキン! ととてつもない快音が響き、竜也がグラウンドに慌てて視線を戻すと打球はセンターのバックスクリーンをはるかに超える大アーチ
ドヤ顔で“ゴリラ歩き”をしながらウイニングランを敢行する千原に対し、西陵ベンチからはやんやの大喝采

「さすが大将。あんたはヒーローじゃない、立派なゴリラや」
中島は最大級の賛辞を送りつつ、ハイタッチを敢行している
そしてベンチに戻った千原はグータッチ、ハイタッチの雨あられ連続技、目白押しで揉みくちゃ状態

「あんたはただの金メッキじゃねえ。立派なゴールデンゴリラだ」
祝福の輪から離れ、小沢が一人そう呟いているのを聞いて竜也は思わず噎せていた