3度目の打席が回って来た竜也、とことんえげつないコースを攻められているのにも関わらず素知らぬ顔でライト前へ運んでいる
『俺は打ち続ける。この世界の歪みがなくなるまで。それが俺の償いだ』
塁上でそう呟き、ベースコーチの御部をドン引きさせているが、委細気にせずいつものように走塁用グローブを受け取っている
「悪魔に魂を売った悪霊使いだと思ってたが、もうあいつは完全に悪魔だな」
浩臣がしみじみ呟くと、祐里はあははと笑って同意を示している
「あくまでも、悪魔なんです(グレートムタ・辻よしなりism)」
またしても竜路とエンドランを決めてみせ、1回に続いて1、3塁のチャンスをお膳立て
相手はたまらず左腕投手にスイッチしてくると、漢を見せようと張り切っていた高井に無情にも代打が告げられている
『3番高井くんに代わりまして、千葉くん』
渡島監督御乱心といった、采配ミスとしか思えない代打が告げられた
「心が滾るなこれ」
3塁塁上で竜也が天満にそう呟くが、意味が通じないので天満からの返事はなかった
左腕ということで竜路はリードを取りづらそうにしている。牽制とクイックが上手いという情報もあり、併殺阻止のための盗塁は難しそうな状況
しゃあない、玉子の打撃に期待するかと思っている矢先、初球を簡単にショートゴロ併殺をしてしまうのだからもうタチが悪い
「全部僕のせいだ。誰に許されるつもりもない。この罪を背負って僕は未来を切り開くよ」
悪びれもなくそう語る玉子に対し、千原からパイプ椅子ホームランがプレゼントされているが、知ってた速報と言ってセカンドの守備位置へ行こうとした竜也には渡島からお疲れ様交代が告げられていた
「もう1試合あるからな。あとは明日にとっておけ」
疲労と故障明けを考慮してくれた渡島の配慮だった。もう少しグラウンドに立っていたい気持ちはあったが、チーム事情と試合展開を考えると妥当なのかなと思い納得するしかなかった
5回を終えて5点リード
今日の久友の出来なら問題ないという渡島の判断は、悪い意味で正解に向かっている
さらに西陵打線の勢いは止まらず、須磨の登板すら見遅れる余裕の展開になった
8回を終えて10−0。9回のマウンドに樋口、マスクを冬井にする粋な采配で試合を締めくくった
「圧倒的じゃないか我が校は」
校歌斉唱が行われ、去り際に浩臣が竜也に一言呟いている
「なあ、大会終わったら1打席真剣勝負しようぜ。最初で最後のな」
ニヤリと笑みを浮かべている浩臣に対し、竜也は静かに頷いて同意している
「俺は世界で一番のバッターだからね。今の俺は負ける気がしねえよ」
言うようになったなと苦笑しつつ、浩臣はあと1勝するのがまず先だけどなと一人頷いていたが、竜也はベンチの真上まで来た美緒と会話に夢中でそれに気づいていなかった
「進藤、そういうことだ。キミは早く新しい彼氏を探したほうがいいぞ」
指で“電話”のポーズをとって渡島は祐里にそう声を掛けつつ、バスに遅れるなよと言ってベンチ裏へ下がっている
「あと1勝だね。今晩の約束は覚えてるよね?」
美緒にそう声を掛けられ、竜也は祐里を呼んで再確認をしている
「大丈夫、監督にも言ってあるから問題ないよ。私も楽しみにしてたさ」
勝っても負けても帰るのは日曜と決まっていたので、土曜の夜は美緒プレゼンツの3人でお食事会の約束が組み込まれていた
「フレンチかな? イタリアンかな?」
竜也がすっとぼけてみると、美緒はふふと意味深な笑みを浮かべていたが、あとでホテルに迎えに行くからねと言って、にこやかに手を振って帰っていった
見送っていた竜也と祐里だったが、やべえ、置いていかれるわとどちらからともなく言い出して帰り支度を急いでいる
早々に荷物をまとめバスへ急ぐと、いつものように浩臣がハァンに囲まれている
「お先!」という感じで竜也と祐里がバスへ乗り込もうとすると、その目の前には大量の男性ハァンに囲まれた樋口の姿がある
全身揉みくちゃのファンサに勤しむ樋口を尻目に、竜也と祐里はすんなりバスの中へ
そして間もなく浩臣もバスに乗り込んでくるが、樋口はまるで乗り込んでくる気配が見えない
「おい千葉、何とかしてこい」
渡島に促され安理が降りた直後、バスは一目散へ宿舎へ向かっている
時間がもったいないという渡島の意向で、樋口一人が犠牲だと可哀想なので玉子も巻き添えにすることで利害が一致していた
「くく、いいのかよって感じだがな」
浩臣は車内で笑いを堪えきれずにそう呟くと、隣の竜也も思わず笑みが漏れている
「今日は嫌な予感がしたんだよ。だから早く乗り込んでよかった」
先に戻ってくれた美緒に感謝しつつ、竜也は心の底から自分の判断を褒めたい気分であった
その瞬間LINEに通知があったので見てみると祐里からのそれ
“絶版まぬがれてよかったさ”
竜也が思わず吹いて前方の祐里のほうを見てみると、祐里はこちらに向けて手を振っている
ひゅーひゅーと冷やかしの声が飛んでいるが、祐里も竜也も今更という感じで気にも留めていない
「で、今日はどこに抜け出すんだ?」
笑みを浮かべたままの浩臣にそう訊かれるが、竜也は知らぬ存ぜぬとすっとぼけている
実際どこに行くのかは聞かされていないわけで、間違えてはいないのだが
形式上のお口汚しとして、竜也は浩臣を誘ってみるが案に違わず遠慮しとくと言われたのでですよねーと返していた