決勝戦当日朝、竜也は渡島監督のもとを訪ねていた
「杉浦か。朝早くからどうした」
神妙な顔つきの竜也に対し、渡島はいつもの静かな表情で出迎えている
「監督、俺今日スタメン無理です。足首やっちゃって細かい動きが出来そうもありません」
一応昨日起きた事実、祐里と美緒の身を守るのにダイビングしたということは報告してあったが、ケガを負ったことは言ってなかった(一緒に祐里がいたので)
朝起きれば治るやろの精神で一晩寝たが、まるでよくなっていなくむしろ悪化。それでこれは無理だと自己診断して報告に上がっていた
言って頭を下げ、早々に立ち去ろうとする竜也を渡島は待てと引き留めている
「杉浦はそれでいいのか?」
渡島はそう諭すように訊くが、竜也はこの足でスタメンだと迷惑かけるだけですしと困惑した様子なので渡島は続けている
「君は高校で野球を辞めるんだろう? その最後の試合に、ベンチでいいのかと聞いている」
諭すような口調で渡島にそう言われ、竜也は思わず苦笑している。胸にこみあげるものもあるがそれは抑え、あくまで冷静さを保つのに必死
「もちろん出たいんですけどね。けど今のこの状態で、試合出たら足を引っ張るだけだと思うんですよ」
感情を極限まで押し殺したが、本音は出たいに決まっているわけで。相反した心境をどう表現していいかわからず、かといって決勝戦という大舞台で足を引っ張るのはごめんだという思いが勝ったので、渡島のもとに直談判に上がっている
「なあ杉浦。君はセカンドの選手なのか? 野球選手ではないのか?」
その問いかけに、竜也ははっと気づかされた。確かに外野なら行けなくはなさそうな気がするが
竜也の心に届くように、渡島はさらに続けている
「足首はガチガチにテーピング固めれば1試合くらい持つだろう。青井はテーピングの達人だからな、試合前にあいつにやってもらえ」
言って渡島はニヤリと笑みを浮かべると、竜也の右肩をポンと叩いた
「1番センターで使う。悔いの残らないよう精一杯やってくれ」
そう伝えられ、竜也はしっかりと頷いた
「はい。俺は二塁手じゃなく、野球選手でした。限界まで戦ってきます」
カッコよく決めたが、一つどうしても心に引っかかるものがあったのでそれを渡島に伝えてみた
“怪我”で外野に入ったとなると、祐里と美緒が自分たちの責任だと感じてしまうんじゃないかということを
すると渡島はすぐに頷き、私に任せておけ。詳しくがあとでミーティングで話すというと、伊藤に怪しまれる前に部屋に戻れと促していた
朝食を終えた後、広間に選手一同が集められてのミーティング
決勝戦直前にもかかわらず、いい意味でリラックスされた空気が流れている
竜也も朝よりはマシな感じな状態に思えたので、何事もなかったように談笑をしている状態
渡島監督がまだ到着していないのをいいことに、中島と小沢はマイクを持ち出して歌い始めている
“戦え 西陵
若さをぶつけて
生きている素晴らしさ教えたら
キラリ 輝け 西陵
明日に向かって
青春爆発ファイアー(ファイアー)
青春炸裂ファイアー(ファイアー)
西陵高校野球部”
ノリノリで絶叫シャウトし、2番を竜也に歌わせようとマイクを渡そうとした直後に渡島が登場
楽しそうだなと一喝すると、中島と小沢は何事もなかったように竜也にマイクを渡すと退散していった
「3年生は最後の試合、そして勝てば全国優勝だというのに誰も緊張していないのはいいことだ」
いつの間にか鎮座しているホワイボードの横に渡島が立ち、ミーティングが開始している
竜也は持たされていたマイクを祐里に渡すと、こちらも何もなかったように浩臣の横に着席した
ちょ、マイクどうするのこれと祐里は戸惑っているが、渡島はいつも通り自然体のミーティングで敵投手の傾向と対策から始まっている
金久保。動画で見た限り、オーソドックスな右投手で変化球も多彩、制球はばらつきがあるタイプ
まあ打つ分には問題ないかと竜也は思っていた(前日まではケガしていなかったので)。問題は小沢がどこまで相手打線を封じられるか。連投になるので久友は使いたくないし、須磨や孝之に長いイニングは期待できない
渡島の話も気もそぞろに聞き流しているのが浩臣にバレ、寝てるのかと茶化されている
「昨日食いすぎてさ」
竜也がすっとぼけると、浩臣は下を向いてくくくと笑っている
その様子に気づいた渡島は、2人はスタンドで観戦するか? と揶揄してきたので、竜也と浩臣はすいませんと素直に謝罪している
それでようやく集中していると、渡島は相手のスタメンをボードに書き始めている
1番ホワスト海野 2番センター羽月 3番セカンド高橋 4番サード安田 5番ショート佐藤 6番ライト長谷川 7番レフトオゴエ 8番キャッチャー山下 9番ピッチャー金久保
こう書き終わると、渡島はニヤリと笑みを浮かべてメンバーに対して頷いてみせている
「なかなか癖が強いメンバーだが、キミたちなら勝てない相手ではない。気負うな。いつも通りやれ」
言うと、次は竜也のほうを見て不敵な笑みを浮かべている
ん? という感じで竜也が首を傾げていると、渡島は再び続ける
「今日でキミたち3年生は最後の試合になる。ということで、杉浦には貴崎と中島の二遊間をチェックしてもらうという意味で、センターの守備に就いてもらうことにする。依存はあるか?」
なるほど、そう来たか。と竜也は内心笑みを浮かべている。足を気遣うわけじゃなく、あくまで試験監査員としての外野起用という理由にすれば祐里に疑われずに済むという算段。まさに名将たる所以
「って、竜は外野NGだろ。いいのか」
浩臣が茶化すと、竜也は笑みを浮かべたまま被りを振ってみせる
「俺は野球選手だからさ。監督に言われたらセンターだろうと文化祭のステージだろうと、どこでも守るだけさ」
ドヤ顔でそう返され、浩臣はやれやれという感じで首を振って苦笑していた