球場へ向かう時間になった
昨日の反省を踏まえたのか、樋口はかなり前からファンサに勤しんでいたようで竜也と祐里、浩臣がバス前に来た時にはすでに息絶え絶え瀕死になっている
祐里がお疲れと声をかけると、樋口ファン一同から強い視線を受けて早々に退散する羽目になっていたが
何、あれ、怖いんだけどと思わず呟く祐里に対し、竜也は嫉妬だよ嫉妬。怖いねえと揶揄している
「ホント竜の言うとおりだわ。アレが全部女子だったら言うことなしなのにな」
言って、浩臣は道予選決勝の再現よろしく、俺は一人で座るから二人仲良くなと言って一人バスへ向かっていった
例によって祐里は渡島に冷やかされつつも竜也の隣に座っている。もうメンバーからの冷やかしにも慣れたもので、前に座っていた小沢と中島の茶化しも完全スルーであしらっている状態で、小沢はつまんねーと言ってすぐに不貞寝を決め込んでいる
「そういえば美緒からLINE来てたわ。“もちろん見に行くからね”って」
もう球場に向かってると竜也が続けて言うと、祐里はあははと笑っている
「ホント美緒は竜のこと大好きなんだからさ。光には連絡した?」
祐里に訊かれると竜也はすぐに被りを振ってそれを否定してみせる
「時差考えようぜ。今11時だから、向こうだと3時だぞ」
ようやくフランスとの時差を把握した竜也が返すと、祐里はああねと頷いている
「あと一勝で“日本一”だよ。緊張してる?」
祐里にそう訊かれると、竜也はスマホに目を通しながら首を振ってまたそれを否定している
「全然してないんだなこれが。日本一って言っても、甲子園での優勝とはまた違うからなんだろうけど」
言って、祐里のほうに顔を向けないままいつものように赤いバラをどこからともなく取り出すと手渡している
「だから、どういう手品なのさそれ」
呆れつつ、祐里はそれを素直に受け取っている。私もスマホ見るかと言ってスカートのポケットから取り出し、すぐに目を見開いて驚いている
「ねえ、光からLINE届いてるんだけど。負けたら承知しないって伝えといてだって」
今さっき届いてたわと祐里が続けると、竜也は思わず苦笑している。いや、何時まで勉強してるんですか貴女はという感じ
「りょ。じゃあ俺が返信しておくわ」
言って、竜也は慣れた手つきですぐに送信を完了している
“光の運命は俺が変える”
迷わずに送信されたそれ、すぐに既読になったのに竜也が驚いていると即座に返信が返ってきている
“あれ?乗せられちゃった?”
まさかの軽い返答が届いている。困惑しつつ思わずその画面を竜也が祐里に見せると、あははと再びの笑み
「光は夜中でテンションがおかしくなってるんだよ。察してあげな」
祐里が涼しい顔で酷いことを呟いていると、今度は祐里のスマホに着信がある
“疲れたし、眠いし、寝るし。起こしたら……刻む”
祐里はそれを見て思わず噎せている。それを竜也に示して見せると、竜也はでしょうねと一人呟いて頷いている。早く寝てください、貴女が寝て起きた時には西陵は優勝しています、これマジ。
バスは静かに球場へ近づいて行っている
西陵ナインはリラックスした様子で、車内には談笑の声が響いている
その空気はとても決勝戦へ赴く戦士たちのそれとは思えないが、かといって気が抜けきっているわけではないというまさに時は来た状態
"出る前に負けること考えるバカいるかよ! ”
球場へ近づくにつれ、妙にパトカーやらなんやら物々しい気配がしている
まあ物騒で世知がない世の中ですからなどと竜也が一人感じていると、再びスマホに着信が届いている
“ゾンビたばこ吸っちゃだめだよ”
美緒からの意味不明なLINEだった。なんぞこれと思い、竜也が祐里にそれを示すと首を傾げているだけ
後ろに座っている竜路にもそれを示すが、なんですかそれ?と理解できていない様子
返す刀で前に座っている小沢と中島を呼び、それをさらに示すと小沢は無反応だったが、中島は察したのか頷いている
「エトミデートってやつですわ。海外ではれっきとした医療用医薬品らしいっすけど、日本だと即逮捕。いくらHighになりたい俺でもそれはご法度や」
言って、またこぶしを回すポーズを見せつつ前に向き直っている
「そもそも未成年だからタバコすら吸わないって話よね」
我に返った祐里がそう振ると、竜也は当たり前だと言って苦笑しつつ頷いている
「美緒らしくないね。こんな意味わからないLINE送るのは竜だけでいいって話さ」
酷い言い草だったが、事実なわけで竜也も否定はしていない。どこからこんな話題拾って来たんだと思っていると、不意に前に座っている小沢が振り返って来た
「あぁ、そういえば是津の羽月の目がイッテた気がするわ。あいつこそゾンビタバコやってるんじゃね」
是津、今日の対戦相手。どうやらスタメンで出てくる(と渡島が言ってた)羽月の目つきがやばいということらしい
美緒がそれを知っているとは思えないが...まあ、考えるだけ無駄かなと竜也は感じていた
「とりあえず返信しとくわ」
言って、ゾンビタバコには一切触れずに“ちょっくら優勝してきます”とだけ返すと、すぐに着信がある
“スルーするんだ。まあいいよ、きっと楽しいことが起きるね”
またしても思わせな一文で、美緒は一体どうしたんだと内心苦笑しているとさらに着信
“ごめんね、さっきまで光ちゃんと話してたからテンションがおかしくなってた”
ネタバレが届いた。光が真夜中まで起きていた理由もわかり、それでニュースか時事ネタの話題でもしていたんだなと、竜也は一人納得
そして、ついに球場が見えてくる
さあ、決戦の始まりだ