球場の駐車場は、妙に物々しい雰囲気だった
パトカーがやはり止まっていて、警備というよりリアルタイムで何かが起きている様子
竜也と祐里がバスを降りると、すぐに“入り待ち”の美緒が手を振って駆け寄ってきた
「ね、凄いでしょ。面白いもの見れて」
得意げに話す美緒の様子を見て、そういうことかと竜也は納得した。たかが国体の決勝戦なのに、謎の警察出動中
確かに、今までで見たことのない光景ではある
「なんか変な感じ。これから試合だってのにさ」
祐里が思わずぼやいているが、竜也はまたいつものようにバラを取り出して美緒に手渡している
「昨日のお礼と、今日の優勝の前払いね。まだ暑いのに来てくれてありがとな」
さり気ない優勝宣言を竜也がしているが、美緒も祐里もそれを気に留めていない。ごく当たり前のように受け流され、何やら内緒話をしている
「じゃあ俺先に行ってるわ」
言って竜也は軽く右手を上げて球場内へ向かっている
祐里と美緒はその後姿を見送っているが、妙に歩みが遅いことにそれぞれ気づいている
「ねえ、竜也の様子おかしくない?」
美緒がそう訊くと、祐里は静かに頷いている
「ああね。今日はスタメンなんだけど外野なんだよ。あいつは言わないけど絶対怪我してる」
祐里は表情を変えずにそう伝えると、一度大きく息を吐いて空を見上げている
「きっと昨日のあれ。私たちを助けた時に痛めたんだと思う」
それを聞き、美緒の顔色が真っ青に変わった
「どうしよう。私のせいで竜也が...」
いつも冷静沈着な美緒が分かりやすいくらいに動揺しているが、祐里は竜也の背中を見ながら達観したような表情を浮かべている
「あいつガンコだからさ、倒れるまで止めないんだよね。最後の試合だし、もう好きにさせてやるしかないなって」
言って、祐里は美緒の目をしっかりと見据えて続ける
「だから、美緒も竜を信じて。そして応援してあげて」
祐里は自分に言い聞かせるかのようにそう話すと、じゃあ私も行くわと言って竜也の後を追い始める
「...強くなったね」
美緒は一人そう呟くと、一人頷いて観客席のほうへ歩を向けた
§
球場内で祐里が竜也に追いつく前に、祐里は一人のユニフォームを着た男子から声を掛けられている
スポーツマンという見た目で長身、しかし見た目に反して穏やかな口調で呼びかけられたので思わず祐里は足を止めている
「彼氏はいるんですか?」
まさかのナンパだった。祐里は呆れた感じで返事もせずに立ち去ろうとするが、その少年は食い下がっている
「よかったら試合の後デートしませんか? 僕が投げて完封勝ち。是津が勝つんですから、僕が奢りますよ」
ニヤリと笑ってそう話している男に対し、祐里はあかんべえをして迎撃している
「勝つのはうち。西陵だから。あんたごときが杉浦竜也を打ち取れるとでも?」
足早に歩いて進むと、今度は竜也も是津の選手に捕まっているのが目に映った
「杉浦竜也は女の為に野球と文化祭を利用している。俺は違う。野球、文化祭それは女にモテるためのの道具じゃない。俺は野球を通して日本全国をハッピーにしたいだけなんだよ。国体で地獄を見るか、俺のやりたい事へ繋げるか、それは俺次第だ」
精悍なマスク、鋭い視線で竜也にそう語りかけている是津の選手に対し、竜也は何とも言えない表情をしている。戸惑っているのが手に取るようにわかる
その竜也に対し、さらに男は続けている
「ファンの皆様に"夢"や"希望"を与えて明日への"活力"を提供するのが野球選手だと俺は思ってる。女の言いなりの犬になんかなりたくないし、そんなクソつまらないロートルになる気はさらさら無い。そんなやつが日本中、世界中の人間に元気と笑顔を与えられるわけが無いだろ。俺は本気で野球の力を信じてるから。魅力が詰まってる野球の力。くだらない低レベルに付き合ってられるか。時には一緒に泣いたり、悔しい思いをする時があるかもしれない、それでも付いてきてくれるファンの皆様、応援してくれるファンの皆様を裏切らないし、俺は必ず共に歩いてきたファンの皆様と笑顔で野球を楽しみたいだけなんだ」
長い演説が続いていたが、いつの間にか竜也と祐里はその場を離れ、姿を消すことに成功している
祐里に何なのあいつと訊かれた竜也は、一言ぼそっと呟いている
「海野だか言ったな、松村の彼氏だと」
言って、妙に突っかかってきてうざかったわと心底からため息をつくように話している竜也に対し、祐里も今しがたあったナンパについて話している
「私も今ナンパされてさ。僕が完封勝ちするから、是津が勝ちますだって。あんたごときが竜を打ち取れるとでも?って言ってやったわ」
一瞬呆気にとられた感じの竜也だったが、やがて静かに真顔になってサムズポーズを祐里に示している。任せとけ、と言わんばかりに
「つか、もう俺と松村は一切関係ないんだから絡むなって話だよな」
試合前に疲れたわと言って、本気でげんなりした表情を浮かべている竜也を見て祐里はあははと笑っている
「あんたよりはイケメンだったよね。そら松村もあっちに寝返るわって話さ」
まさかの追い打ちをかけてくる展開に、竜也は下を向いて首を振ると一人足早にベンチへ向かい始めている
「ちょ、冗談だって。コラ、不貞腐れるな」
言うが早いか祐里がすぐに追いかけると、竜也は普通に立ち止まっている
「つかさ、俺足首と股関節痛ぇーんだから走らせるなって」
言ってしまって、しくったというような表情を浮かべている竜也に対し、祐里はあえて触れずにスルーしている
「さ、気を取り直してね。頑張れ男の子!」
あははといつものように笑みを浮かべつつ、あんたには私も美緒も、光もついてるんだからねと念押し
それで竜也は気を取り直したのか、いつもの無表情に戻しつつ必殺の真顔サムズアップポーズを披露
「俺の最後の公式戦だけど、ま、いつも通りやってくるわ。いつもは勝った負けた、そんな小さなことで野球やってないとか言ってるけど、今日だけは絶対勝つから。楽しみにしてて」
竜也は静かにそう言い残すと、ロッカー行くわと言ってゆっくりと進んでいった