「お、やっと来たか。すげえ盛り上がってるぞ」
竜也が1塁ベンチに到着すると、球場は異様な盛り上がりを見せている
浩臣が指差した方向を見ると、そこには驚愕の光景
3塁ベンチ前で一人の選手が転倒していて、そこに向かって複数台のリリーフカーが押し迫っている
さらに驚きのポイントとして、乗車しているのはどう見ても警察官なのだからタチが悪い
「何事だこれ。コント?」
竜也が素で訊くと、浩臣は一瞬鼻で笑ったが即座に知らんと返答
ですよねーという感じで西陵ベンチ内から選手たちは生暖かい視線で、その光景を追っている
“羽月、キミは完全に包囲されている。大人しく投降しなさい”
まるでドラマのようなセリフが聞こえ出し、西陵ベンチ、そしてスタンドからは歓声が上がっている
あれ、今日はドラマの撮影の予定入ってたんだっけと竜也がすっとぼけるレベルのそれだったが、無事羽月は連行されていき現実と非現実の狭間は閉ざされている
「って羽月逮捕?」
何事もなかったように西陵の練習時間になっている
初の外野、センタースタメンにもかかわらず、ノックの際はセカンドとショートの間、2塁ベースの真後ろで浩臣と談笑しているという特別待遇
渡島曰く、レフトだとベンチから遠い。ライトだといちいちバックアップで負担が大きい、だから君はセンターでスタメンなんだというネタバレ。深めに守ることで頭を抜かれる心配も減るだろう。試合前練習で疲弊する必要はないと耳打ちしつつ、同じく9回1イニング以上投げる予定がない浩臣とともに、のんびりしてろというVIP待遇
「で、伊藤くん今日の調子はどうなのよ」
内野陣、そして外野陣がノックを受けているさなかにこの会話である。まさに他人事
「今日の俺は負ける気がしねえ」
自信ありげにニヤリと笑う浩臣に対し、竜也も静かに頷いて同意を示している
“出る前に負けること考えるバカいるかよ!”
「そっちこそどうなんよ。外野でしかもセンターとか、守ったことあるん?」
浩臣にそう訊かれ、竜也はすぐに頷いている。その返答に意外だなという表情を浮かべる浩臣に対し、竜也はいつものサムズアップポーズ
「小学校の時のソフトボールで守ったことあるぞ」
突拍子もない返答に浩臣は思わず下を向いてくくくという笑み。そのやり取りを聞いていたショートの守備位置にいた中島は感銘を受けたようにこぶしを回すパフォーマンス
「さすが杉浦さん、クールだぜ」
言って武骨な顔に似つかわしくない満面の笑みを浮かべている中島に対し、竜路は複雑な表情で竜也を見つめている
「先輩と二遊間組みたかったんですけどね」
しみじみそう呟く竜路に対し、浩臣はサムズアップポーズで応じている
「最終回。俺が投げるときに組めるから安心しろ」
自信満々、余裕綽々に浩臣がドヤ顔でそう宣言すると、またしても中島はクールだぜとこぶしを回して共感している
そのやり取りを聞き流していたが、内心竜也は最終回までプレイできていればいいなという程度の感触だった。足首と股関節は今のところ小康状態を保ってはいるが、激しいプレイを重ねていくうちにどうなるかはまさに神のみぞ知る
とはいえ、気の抜けたプレイをするつもりはないし今できるだけの精一杯をする覚悟はできている
“覚悟はいいか?!”(辻陽太ism)
ノックが続いているさなか、スタメン発表が行われている
是津のスタメンはほぼ渡島の読み通りだったが、2番の羽月は逮捕されたので松本が入っていた
「松本か。当てるのが抜群に上手いってのはわかってるよな」
竜也が訊くと、竜路は静かに頷いている。守備位置を指示するのは、今日は竜路に任せるわと続けて
「さすがにセンターからじゃ指示出せんわ。マイマイク持参してくればよかった」
竜也がすっとぼけると、浩臣はまた下を向いてくくくと笑っている
「貴崎なら大丈夫や。まあダメそうなら俺が代わりに指示出すがな。野球ハイを感じろって!」
中島もいつもの調子だった。竜路とともに1年生だが肝が据わっていて、先行き楽しみだとしか思えない末恐ろしささえ感じさせる逸材
そしていつの間にか練習時間は終わっている
1球もノックを受けないぶっつけ本番状態でセンターに挑むことになっているが、竜也の表情には不安一つない
それどころか、ゆっくりとベンチに戻っていく際に1塁ベンチ上に駆けつけてくれている美緒に対し手を振ったり、その近辺にひっそりと座っていた青井に対しては帽子を取って敬礼をする余裕すら見せている
その様子は祐里に気づかれたようで、ベンチに座った際に即座に突っ込まれていたが竜也は委細気にしていない
「知り合いがいたら手を振ったり、頭を下げたりするでしょ」
居直った様子すら見せているので、祐里は思わずあははと笑っている。内心、大丈夫そうだねと安堵しつつ
先発の小沢が珍しく緊張している素振りをみせていたが、察した主将の千原の檄によりいつものふてぶてしい表情を取り戻している
「小沢、緊張してるんだったらぶるぶる震えながら投げてみ。どんなクソボールでも俺が全て受け止めたるわ」
「暴露とかして茶化したいけど、あんたには世話になってるからな。今日もよろしく頼みますわ、ゴールデンゴリラさん」
無駄に意気投合している様子で、小沢は千原の肩を揉むサービスまで行っている
試合前に握力使うなよと竜也が内心感じていると、それを察したのか中島が俺が代わるぜとばかりにそのポジションを拝領している
いや、別に千原の肩揉む必要ないだろ
「いいチームだな」
浩臣が思わずそう呟くと、竜也は静かに頷いている。だからこそ、今日は絶対に....勝つ!