試合の均衡が崩れたのは4回表だった
188センチ100キロの大柄なガタイを持つ安田の豪快なスイングから繰り出すライト前ポテンヒットを足掛かりとして、1死満塁から山下の併殺崩れの感に先制を許している
まるで優勝でもしたようなお祭り騒ぎの是津に対し、ゲッツー取れなかったかーという感じで竜路は思わず天を見上げている
直後、渡島は那間を審判の元へ走らせている
『西陵高校、守備の交代をお知らせいたします。センターの杉浦くんがセカンド、セカンドの貴崎くんがセンター。以上に代わります』
青天の霹靂といった感で呆気に取られている竜路を、センターから本人的にはいっぱいのスピードで駆けてきたつもりの竜也が促しての異例の守備位置チェンジ
その勢いのまま、竜也は小沢に声をかけている
「1点くらい気にするなよ。次の金久保は進藤口説いて振られたから、村山狙ってるぞ」
?も方便とばかりに喝を入れると、動揺から目が泳いでいた小沢の視線はいつもの怪しい光を帯びたそれに変わる
「問題ないっすね。今朝も“元気?って股間でフリック入力したんだけど既読すら付かなかったな。村山LINEやめたのかな」
言って小沢は首を傾げていたが、その様子を見て竜也は大丈夫そうだなと感じてセカンドの定位置へ戻る
期待通り小沢は金久保を3球三振に切って取ってみせ、派手にガッツポーズをかましている
無駄に当てつけのようにするそれは、“村山を取られずに済んだ”という安堵から来ていたのかもしれない。シランケド(引退繁殖入りism)
そもそも村山は千葉に来ていないんですけど
そして5回表、海野に代打が告げられている
妙に“割れすぎている”溝脇が送られたが、バットが空回りしただけの三振に倒れている
2者連続三振で調子に乗ったのか、小沢は次の松本にレフト前へのレフト前ヒットを許す。バントはないぞと竜也の声かけ、そして西陵ベンチからの読みが当たり高橋周はあっけなく三振(三振の数だけ増えていくism)だったが、安田にストレートの四球を与えると西陵ベンチは動きを見せる
“ピッチャー小沢くんに代わりまして、須磨くん”
さすがに決勝戦、早め早めの継投。連投になる久友はあまり使いたくなく、浩臣は本人曰く1イニング限定。樋口は接戦で使うには荷が重いという状況から考えると、あと使える駒は孝之だけになるのだが、この継投は致し方ないといったところ。小沢、ナイスピッチだったぞ
須磨は期待に応えこのピンチを難なく切り抜けている。あとは打線が打つだけといった感じだったが、大した球速があるわけでもなく、制球がいいわけでもない金久保にてこずっている
これが決勝戦のプレッシャーなのかという感
5回裏もチャンスを作るが、金久保から左腕の上田にチェンジされ左打者の須磨が倒れて無得点に終わっている
浩臣が万全なら、左殺しで鳴る天満を使う選択肢もあっただろうが、今日はその状況ではないので致し方ない
6回表も須磨が貫録の4凡で凌ぎ、裏の攻撃は今日も1安打1四球と好調の竜也から
相手が左腕なので右打席に竜也が入りつつ、痛む右足首が軸足にならない右のほうがいいなと内心思っている
またしても当人的にはとっくに四球だった“フルハウス”からの、レフト前ヒットで今日も全打席出塁継続中。もう魔王としか思えないそれ
「っし、近藤ブルペン行こうぜ」
竜也の打席を見届けると、浩臣は静かに立ち上がりそう促している。そろそろ俺の出番だなと言わんばかりに、熱い闘志を胸に秘めてあくまで冷静な表情でベンチ裏のブルペンへ姿を消した
続く竜路はまたしても徹底したアウトコース攻めをファウルでいなしていたが、最後はまさかのインコースストレートに手が出ずに見送り三振
またしても思わず天を仰ぐそれをみて、竜也は塁上から切り替え切り替え!と声をかけている
次の草薙のショートゴロでランナーが入れ替わり、千原の初球にパスボールで草薙は2進すると是津ベンチは即座に申告敬遠を指示
2死1、2塁の絶好機だったが5番樋口のバットからは快音が響かずにまたしても逸機。西陵にとってはどうにも流れが悪い展開
7回表
須磨が先ほどの西陵と同じように2死1、2塁のピンチを招くと、渡島は躊躇なくタクトを揮う
“ピッチャーの須磨くんに代わりまして天満くんが入りライト、ライトの樋口くんがファースト。ファーストの高井くんがピッチャー。以上に代わります”
“投げるランス”こと、剛腕高井孝之がここで投入された
Mr.自作自演、三振かフォアボールの怪奇派剛腕サウスポー。ランナーが埋まった場面で使うのは怖い投手だが、須磨がいっぱいいっぱいなので致し方ないところ
「孝之、今日こそ漢になれよ」
千原が激励と称して尻を叩いているが、あまりの強烈さに思わず竜也は視線を逸らすレベル
「今のは痛そうだね」
まるで他人事のように呟く京介に同意しつつ、頼むぜアフリカンゴールドと酷い呼びかけをして定位置へ戻っている
負けじと是津側も動きをみせた
代打中島がコールされると、スタンドがどよめいている
『何で中島なんだよ...井上辞めろ!』
まばらな観衆から温かい声援が送られる中、孝之の唸りを上げたストレート3球にまるで合う気配のないスイング3つで呆気なく三振
歓声が確かだったことを証明してしまい、西陵側応援スタンドからは温かい拍手が送られている
やれやれといった感じで竜也がベンチに戻りつつスタンドに目をやると、満面の笑みで拍手を送っている美緒、そして青井の姿が目に入ったのだが、青井の横には見慣れない黒髪ショートボブの美少女が座って拍手を送っていた
あんな子さっきまでいたっけななどと思いつつ、ベンチで竜也はあえて竜路の横に腰かけている
「当てに行くだけじゃつまらくね?」
いきなり結論から入るそれに竜路が戸惑いを見せているが、竜也は静かに続けている
「俺も一時期、同じドツボにハマったんだわそれ」
なまじミート出来てしまうからこその悪循環。口で言われ、頭では理解できても目先の結果を求めてしまうのが人間の性
竜也と竜路の“野球談議”の最中、カキンと今日初めての快音がグラウンドに鳴り響いた
慌てて2人が目線をグラウンドに戻すと、そこにはドヤ顔確信歩きをしている高井孝之の姿だった
「孝之、ようやく漢になれたな」
千原はそう呟くと、孝之に向かって右親指を立ててみせた直後、大ガッツポーズで歓喜を示していた