ボロボロの状態ながら、竜也も浩臣も各々一人で立っての校歌斉唱を終えた
マジで疲れたと竜也が内心思っていると、浩臣に声を掛けられている
「竜、脚遅すぎだろ。宇佐見じゃないんだから、あのどたどた走りはねえよ」
揶揄されると、それほどでもとドヤ顔をしてサムズアップポーズで返す
「俺が普通に走ってたら2死満塁できょぴだったんだからさ。むしろ俺に感謝してほしいところだわ」
言って、竜也は竜路を手招きで呼び寄せている
「誰もいないとこに打てと言っただろ。何でいるとこに打ってるんだよ」
笑いながらそう話しかけると、竜路は申し訳なさそうに頭を下げている
「すいませんでした。まさか杉浦さんが元木やマルティネス並みに俊足だったとは思わなくて」
まるで反省してない弁を述べた竜路に対し、竜也はノーヒット続いてるんだから早く取り返せよと言って激励している
その後スタンドにお礼のあいさつに向かおうとしていると、竜也のもとに今度は海野が寄ってきた
うわ、うぜとまた感じていると、海野は小さく一礼して右手を差し出してきた
「杉浦、俺はお前のことを誤解してたようだ。今日のような1日を、負けでも成長へと、自分への変化のきっかけの何かにするために、続けていく。今度会う時は俺とキャッチボールをしてくれ」
無駄に熱く呼びかけられ、困惑しつつも竜也はその握手に応じている。やれやれ
派手に泣きじゃくっている祐里を促し、竜也はチームメイトとともに応援してくれた皆様へお礼言上と決め込んでいる
スタンドには美緒や青井がいるんだよなと目で探しているが、その姿は一向に見当たらない
「美緒がいない」
竜也がそう呟くと、祐里は目をこすってスタンドを改めて目で追っている
「うん、いないね。出待ちしてるのかな」
だといいんだがなと思いつつ、竜也は何度か首を傾げてベンチへ戻ることに
「あんた、役者にもほどがあるよ。道予選決勝から連続何打席出塁したかわかってる?」
ようやくいつもの笑顔を取り戻してきた祐里にそう訊かれ、竜也は即座に知らんと即答している。つか全打席出塁してたことすら覚えてないレベルですし、お寿司
「27打席連続出塁。14打数14安打13四球。あんた、ほんとに人間?」
言われ、あぁもう俺は人間じゃなくなってしまったんだなと竜也は内心苦笑している。いや、普通に男子高校生なんですけど
「俺は俺だし。第6期WANDSボーカルにして、野球選手とボーカルの二刀流なだけですよ」
軽口を叩いてすっとぼけつつベンチに戻ってくると、各選手たちはそれぞれ帰り支度を始めている
お、まずいまずい。置いていかれたらたまらんという感じで竜也も支度を始めていると背後に人の気配を感じた
ん? という感じで振り返るとそこには2人の女子高生の姿
青井妃那、そしてスタンドでも見かけた黒髪の女子
「先輩、お疲れっした」
いつものように気のない言葉で青井に呼びかけられ、竜也は再びバックの荷物をまとめつつ軽く右手を上げてそれに応じている
「あ、あのっ」
今にも帰ろうとしている竜也に気づいたのだろう、そう呼び止められる
「今日の試合感動しました。初めまして、遠藤詩音と言います」
黒髪の子がそう話していた。どうも、という感じで竜也は軽く会釈をしている
早くしないと置いていくからなと渡島の声が届いている中、青井が状況説明を始めている
「今朝言った子です。実は今日の試合にも招待していました。てへっ」
相変わらず感情のこもっていない言葉だったが、それでようやく竜也は状況を把握
「で、相談なんですけど。先輩たちの頑張りを見て、詩音が文化祭出てくれることになったんで、先輩たちは用済みになりました」
いきなりひどい言われようだった。いや、まあ助かるんだけど
それを聞いていたようで、祐里はあははと笑って同意を示している
「了解。ぶっちゃけ私も竜も乗り気じゃなかったからさ」
負けじと祐里もひどい言葉で返すと、詩音は戸惑った表情でそれを拒むかのように手を振っている
「一曲だけ! 一曲だけでいいので、お二人と一緒にやらせてくれませんか。それをどうしても伝えたくて」
懇願する詩音を見て、無表情無感情のまま青井も追随している
「そうだった。忘れてた。先輩、よろしくね」
取ってつけたように言われ、竜也と祐里はそれぞれ顔を見合わせて苦笑している。どうする? といった感じで見つめる祐里に対し、首を振ってやれやれといった感じの竜也
ゆっくり考えている時間はないので(バスに置いていかれる)、どちらからともなく“いいよ”と返すと心の底から安堵した様子の詩音、そして表情が一切変わらない青井と見事なまでの好対照
「当然、“あの曲”ですよね。練習しときます」
青井はそう話すと、詩音を伴ってベンチ裏へ下がっていく。呆然唖然として見送っている竜也の耳元で、祐里は今の娘、あんたのタイプでしょ? と揶揄するように囁いている
「あぁ、一目惚れしたわ」
いつものように素ですっとぼけて返すと、祐里もいつも通りのあははという笑い声。ホントあんたの好みはわかりやすいわーと続けつつ、早くバスに行こうかと促している
「だな。美緒も待ってるだろうし」
竜也は小さく頷くと、まとめた荷物を右肩にかけてゆっくりと歩を進みだした