ホテルに戻っている
食事まで時間があったので、竜也は素知らぬ顔をして祐里とフロント前で合流している
さすがに部屋で“密会”は憚れたが、互いに美緒や光と連絡がつかないことを相談したかったので
どちらに電話をかけても『電話に出ることができません』。LINEは延々未読のまま
何か見えない力が働いているのか、それともただ拒絶をされているのかわからない状態
ただ一つ言えるのは、美緒も光も竜也、そして祐里に対して反応を示していないという事実
「ねえどうしちゃったんだろ。あんた、渚の連絡先知ってる?」
業を煮やしたのか祐里は光の双子の姉の渚に連絡を取ろうとしているが、むしろそれは竜也も同じように祐里にそう訊きたかったわけでただ首を振るだけ
もしかして、と思い梨華に優勝報告と、渚の連絡先知ってる?とメッセージを送ると、ほどなく返事が返ってくる
『優勝おめでとう! 杉浦、あんたは凄いね。渚ってあの時のスタバの子? 残念だけど私は知らないよ。あの時初めて会ってそれっきりだしね』
ですよねーという感じで、早くもお手上げ状態。とはいえ、今たまたま二人とも多忙なだけかもしれないという思いに賭け、各々今回は解散ということになった
さすがに明日までには返事来るよねと祐里が寂しそうに呟くと、竜也も静かにあぁと返していた
しかし、翌日になっても一切2人からの連絡どころか、反応すらなかった
“凱旋”の際でも、笑顔を浮かべている他のメンバーに対し、竜也と祐里はそれぞれ冴えない表情を隠すのが精一杯の様子
「私なんかしたかな」
事あるごとに祐里がそう愚痴っているが、竜也からしても思い当たる節は一切ないので返答できずにいる状態。むしろ竜也のほうが動揺しているくらいなので
火曜日、水曜日、木曜日
日にちだけが過ぎて行っている。明日は文化祭当日、他の生徒たちは準備に追われている中、竜也は“気分転換”と称して体育館へ赴いている
明日の後夜祭前の演奏に備えてだろう、生徒たちが練習している姿が目に映る
皆さん頑張ってますねーという感じで、竜也はのんびりと体育館の壁に寄り掛かっていた
「思い出すね。firmar por favor! だっけ」
ん? という感じで竜也が声の舌法を見ると、そこには祐里が静かに立っていた。よっという感じで竜也が声をかけると、祐里も同じように壁に寄り掛かっている
「一昨年は7月で1学期終わりだったけどな。今年から文化祭は9月に変わったからなんか違和感あるけど」
奇しくも明日は光の誕生日当日なのだが、変わらず未読のままは続いている状態
「せっかく優勝したのにね」
祐里が小さく吐き捨てるように言ったその言葉だけで、何を言いたいかすべて竜也には伝わっている
興が削がれた感というか、心の拠り所が消えてしまったというか
流れていた音楽が途切れて、女子の話し声が聞こえ出している。どうやら次のメンバーに代わる時間になったらしい
さて、そろそろ教室に戻らなきゃまずいかなと竜也が感じていると、壇上からあっという声が響いている
再び、ん?という感じで竜也と祐里がそれぞれ声のしたほうに視線を向けるとそこには青井妃那、そして遠藤詩音がともにギターを持って立って驚きの表情を浮かべていた
竜也と祐里は壇上に近づきつつ、よっと声をかけている。どうせだ、見学させてもらうわと竜也が言うと、祐里も頷いて笑みを浮かべる
一応明日一緒にセッションすることになっているが、竜也も祐里も『美緒と光』のせいで気持ちがまるで乗っていない状況。祐里はベースを弾いてすらいないし、竜也もカラオケはご無沙汰状態
「何か2人とも元気なさそうですね。私たちの演奏聴いていつもの感じ取り戻してください」
言葉上は励ましているが、相変わらず無感情な口調のまま青井がそう話すと、詩音も頷いてそれに同意している
「明日、お二人と一緒に演奏できるのを楽しみにしてます。今日は私たちの演奏で楽しんでくださいね」
そして始まったギターを持った2人きりの演奏、観衆も2人だけのライブが始まった
「なあ、やばくね」
竜也が思わずそう囁くと、祐里も目を丸くして驚きつつ頷いている。女子高生2人だけ、ギター以外は打ち込みの演奏にもかかわらず圧巻のパフォーマンス
等身大の歌詞をパワフルに歌う詩音、そして小さい体を目いっぱい使っての激しい演奏を披露する青井。普段の無気力無感情な青井しか知らないだけに、竜也は夢でも見ている気分になっている
「ねえ私たち、これお邪魔虫でしょ。どうすんのさ」
祐里が思わず愚痴っている。カラオケの延長でしかない竜也のボーカル、ベースを弾けるだけの祐里がこの2人に混ざっていいのか躊躇うのはまあ仕方ないというところ
去年、一昨年盛り上げることが出来たのは偶然、そしてデ・西陵の大合唱があってこそなだけで、ゲストとして参加するだけの今回はまさにアウェイになること間違いない
「そもそも俺楽器出来んぞ。光から貰った古いアコギはあるけどさ」
指名された1曲は、どう考えてもそのアコギの出番がなさげなそれ。詩音の歌声に魅了、圧倒されただけにむしろただの観衆でやり過ごしたい気分
いっそ間奏で投げてやろうか
「そいやさ、監督が嘆いてたよ。杉浦も伊藤も、スカウトに対しての礼儀がなってないって」
祐里が唐突に呟いているが、浩臣はともかく自身は思い当たる節はなかった。2度ほどスカウトを名乗るいたずら電話があったけど、それはブロックしてるから関係ないね(柴田恭兵ism)
「スカウトで思い出したんだけど、千原にも来てたみたいだぞ。伊勢ケ浜部屋から」
竜也がぼそっととんでもないことを囁くと、祐里は思わず鼻を鳴らしてしまっている。それで少し心が落ち着いたのか、竜也はまたひどいネタを続ける
「玉子なんて俳優としてのスカウト来たんだと。なんだっけな、ホモを捕まえるビデオの追いかける役だったかな」
何でも、国体決勝戦での激走がそっちの筋から評価されたらしい。シランケド
「なにそれ、ひどすぎるでしょ」
思わずあははと普段の笑い声をあげると同時、2人の演奏は終わりを告げている
「ようやくいつもの2人になって来たみたいですね。明日期待してますから」
青井が例によって表情の見えない顔のままそう話すと、詩音も頷いてそれに同意している
「先輩たちも、明日はきっちりとした衣装で来てくださいね。去年の皆さんの輝きがまだ忘れられないんで」
え、何で去年の話? 君たち1年だから文化祭見てないよね?
竜也は内心そう思っていると、祐里も同じだったようで竜也の目を見ながら首を何度も振っていた